尺骨神経麻痺 運動枝・知覚枝・近位尺骨神経障害・中位尺骨神経障害・遠位尺骨神経障害・鷲手・フロマン徴候・尺骨神経の走行・尺骨神経管
- 尺骨神経(第8頚神経と第1胸神経)
- 尺骨神経の外傷性障害と圧迫性症候群
- 尺骨神経障害による鷲手
- フロマン徴候の陽性
- 腕神経叢を出た後の尺骨神経の走行
- 上腕の主要な神経欠陥経路:内側上腕二頭筋溝
- 上腕中央部での断面
- 尺骨神経管の出入り口と壁
- 参考文献
尺骨神経(第8頚神経と第1胸神経)
運動枝
筋枝(尺骨1/2から直接)
- 尺側手根屈筋
- 深指屈筋(尺側1/2)
筋枝(浅枝より)
- 短掌筋
筋枝(深枝より)
- 小指外転筋
- 小指屈筋
- 小指対立筋
- 第3・4虫様筋
- 掌側骨間筋
- 背側骨間筋
- 母指内転筋
- 短母指内転筋(深頭)
知覚枝
関節枝
- 肘関節包
- 手関節包
- 中手指節関節包
尺骨神経手背枝(終枝:背側指神経)
尺骨神経掌枝
固有掌側指神経(浅枝より)
総掌側指神経
画像引用:プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系
尺骨神経の外傷性障害と圧迫性症候群
- 尺骨神経麻痺は、最も一般的な末梢神経麻痺である
- 尺骨神経麻痺の特徴は “鷲手” と呼ばれる変形である
- 骨間筋の障害により、中手指節関節において指が過伸展し、近位・遠位指節間関節おいてはやや屈曲している
- この変形は示指と中指では顕著ではない
- なぜなら、正中神経によって支配されている第1・2虫様筋が、示指と中指の変形を部分的に代償するからである
- 母指内転筋が障害され、長母指伸筋と母指外転筋が優位になるため、母指は著名に過伸展する
- 骨間筋は2~3ヶ月で萎縮する
- この現象は第1骨間筋で最も顕著に現れ、小指球の萎縮も伴う
- 知覚障害は、手の尺側に発生する
- 薬指の尺側半分と小指の全部などである
近位尺骨神経障害
- 外傷性の障害は通常、肘関節レベルで、尺骨神経溝内の尺骨神経が圧迫されたり(例えば、肘掛けによる腕への圧迫など)、尺骨神経が尺骨神経溝から脱出したり、骨折による関節の障害などによって起こる
- 肘関節の変性や炎症により引き起こされる
- 尺骨神経溝での慢性的圧迫、または肘関節の反復性屈曲による慢性的牽引(尺骨神経溝症候群)
- 尺側手根屈筋の二頭筋に挟まれることによる圧迫(肘部管症候群)
- 臨床症状:鷲手、知覚障害
中位尺骨神経障害
- 手首における外傷(例えば、裂傷)
- 尺骨神経管における掌側手根腱、豆状骨、屈筋支帯の間の線維骨化した菅による慢性圧迫(尺骨神経管症候群)
- 臨床症状:小指球領域を除いた部分の鷲手、知覚障害(掌枝は正常である)
遠位尺骨神経障害
- 手掌における尺骨神経深枝への慢性的圧迫(例えば、空気ハンマーやそのほかの道具による)
- 臨床症状:知覚障害を伴わない鷲手
尺骨神経障害による鷲手
- 典型的な鷲手のほかに、骨間筋の萎縮により、中手の骨間領域が陥凹することがある
- 知覚障害は多くの場合、小指に限定される(尺骨神経のみで支配されるため)
画像引用:プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系
フロマン徴候の陽性
- フロマン徴候の陽性所見は、母指内転筋の麻痺を示す
- 母指と示指の間で紙片を強く持つようにと伝えると、患者は、麻痺している尺骨神経支配の母指内転筋ではなく、正中神経支配の長母指屈筋を使わざるをえなくなる
- したがって、指節間で母指が屈曲する時に、この徴候は陽性となる
画像引用:プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系
腕神経叢を出た後の尺骨神経の走行
- 尺骨神経は、腕神経叢の内側神経束の続きとして腋窩を出て、最初は上腕二頭筋内側溝を下行する
- 上腕の中程で、内側上腕筋間中隔を貫き、伸側に至る
- その後、内側上腕筋間中隔と上腕三頭筋内側頭の間を通り肘部に至り、上腕骨内側部の、内側上顆の後面にある骨製の尺骨神経孔を通る
- その後、尺側手根屈筋の両頭間を通って前腕の屈側に向かい、同筋の下を手首まで走る
- 手では豆状骨の橈側で屈筋支帯の尺骨神経管を通り、手掌の表面に至り、浅枝と運動性の深枝に分かれる
画像引用:プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系
上腕の主要な神経欠陥経路:内側上腕二頭筋溝
- 内側上腕二頭筋溝は、上腕内側の皮下の縦走する溝であり、上腕二頭筋、上腕筋、内側上腕筋間中隔で境されている
- 内側上腕二頭筋溝は、腋窩から肘窩までの上腕の主要な神経血管経路を示している
- 最も浅部にあるのが内側前腕皮神経で、尺側皮静脈とともに尺側裂孔を通って出ていく
- 最も内側にあるのが尺骨神経で、最初は、内側上腕筋間中隔の上を走行する
- 上腕の下1/3で、尺骨神経は内側上腕筋間中隔を貫き、中隔の背側にまわり、上腕骨の内側上顆の尺骨神経溝に入っていく
- 内側上腕二頭筋溝の深部には、上腕の主要静脈である上腕動脈が走っており、腋窩から肘窩まで正中神経に伴行する
画像引用:プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系
上腕中央部での断面
- 尺側裂孔(尺側皮静脈が、上腕二頭筋の内側で深部筋膜を貫くところ)は、この断面より遠位(下位)である
- そのため、尺側皮静脈と内側前腕皮神経は筋膜下にある
- 尺骨神経と尺側側副動脈は、既に内側上腕二頭筋溝を離れて、内側上腕筋間中隔を貫いており、中隔の後面に位置している
画像引用:プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系
尺骨神経管の出入り口と壁
- 尺骨神経管の天井は、皮膚と皮下脂肪、および掌側手根靭帯(近位)または、短掌筋(遠位)で構成されている
- 尺骨神経管の背側は屈筋支帯(横手根靭帯)と豆鉤靭帯で境されている
- 尺骨神経管への入り口(近位裂孔)は、掌側手根靭帯の下の豆状骨のレベルで始まる
- 出口は有鉤骨鉤レベルで、豆状骨と有鉤骨鉤の間を横方向に伸びる三日月型の腱弓(遠位裂孔)である
- 有鉤骨鉤には小指屈筋が付着する
- 尺骨動脈と尺骨神経の深枝は、研究の深部を通過し、豆鉤靭帯の上を手掌中央に向かう
- 尺骨動脈と尺骨神経の浅枝は、研究の上を遠位に向かい、短掌筋の深部に入る
画像引用:プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系
参考文献
プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系 (医学書院 2009年6月15日)
橈骨神経麻痺 運動枝・知覚枝・近位橈骨神経障害・中位橈骨神経障害・回外筋症候群・下垂手・橈骨神経の走行・三頭筋裂孔・橈骨神経溝
- 橈骨神経
- 橈骨神経の外傷性障害と圧迫性症候群
- 近位・中位橈骨神経障害による下垂手
- 腕神経叢の後束を出た後の橈骨神経の走行
- 三頭筋裂孔
- 橈骨神経溝における橈骨神経の走行
- 肘窩深部の解剖
- 橈骨神経と回外筋の関係
- 参考文献
橈骨神経
運動枝
筋枝(橈骨神経から)
- 上腕筋(部分的)
- 上腕三頭筋
- 肘筋
- 腕橈骨筋
- 長橈側手根伸筋
- 短橈側手根伸筋
深枝(終枝:後骨間神経)
- 棘筋
- 指伸筋
- 小指伸筋
- 尺側手根伸筋
- 長母指伸筋
- 短母指伸筋
- 示指伸筋
- 長母指外転筋
知覚枝
関節枝(橈骨神経から)
- 肩関節包
関節枝(後骨間神経から)
- 橈骨手根関節包
- 橈側4ヶ所の中手指節関節
後上腕皮神経
下外側上腕皮神経
後前腕皮神経
浅枝
- 背側指神経
- 尺側交通枝
画像引用:プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系
橈骨神経の外傷性障害と圧迫性症候群
- 橈骨神経はその走行のどのレベルでも外傷や圧迫によって障害されることがある
- その臨床症状は障害部位によって異なる
- 一般的には、障害部位がより近位であればあるほど、より多くの伸筋が障害を受けることになる
- 近位のレベルでの橈骨神経障害の特徴的な症状は、下垂手である
- この場合、患者は手首を伸展したり、中手指節関節を伸ばしたりすることができなくなる
- 付随的に知覚障害(疼痛、感覚異常、しびれなど)が生じる部位もある
- 特に、手背の橈側の浅枝だけが支配する領域(母指と示指の間の第1骨間領域)では、知覚障害が顕著である
近位橈骨神経障害
腋窩への慢性的な圧迫(長期の松葉杖の使用など)
- 臨床症状:上腕三頭筋の障害を伴った典型的な下垂手(および知覚障害)
橈骨神経溝(ラセン菅)レベルでの上腕骨骨折による障害
- 臨床症状:一般的には、上腕三頭筋の障害を伴わない典型的な下垂手。なぜなら、上腕三頭筋を支配する筋枝は、橈骨神経が橈骨神経溝に入る前に分岐するからである。しかし、知覚障害は残存する。
橈骨神経溝における慢性的な圧迫
- 受傷機転:睡眠中や全身麻酔中の不適切な肢位、骨折後の仮骨の過増殖、上腕三頭筋の外側頭からの腱の伸張。公園のベンチ麻痺は、公園のベンチの背もたれを越して腕を垂らした時によく起きる。
- 臨床症状:上腕三頭筋の障害を伴わない下垂手で、知覚障害も存在する。予後は良好で、数日で全快する。
中位橈骨神経障害
- 圧迫部位:橈骨神経が外側上腕筋間中隔を通過するところや、橈骨神経管の中での慢性的な圧迫(例えば、横切る血管による場合や結合組織性の隔壁による場合)
- 臨床症状:知覚障害を伴った下垂手
遠位橈骨神経障害
回外筋症候群
- 圧迫部位:橈骨神経深枝が回外筋菅に入る部位での回外筋の浅部の鋭い腱での圧迫
- 臨床症状:典型的な下垂手や知覚障害はみられない。回外筋菅に入る前に、深枝からは純粋な知覚性の浅枝や回外筋、腕橈骨筋、長橈側手根伸筋、短橈側手根伸筋などへの筋枝が既に分岐しているため。短母指伸筋、長母指伸筋、指伸筋、示指伸筋、尺側手根伸筋などに関与した麻痺が起こる。
骨折や橈骨の脱臼による橈骨神経深枝に対する外傷性病変
- 臨床症状:下垂手や知覚障害はみられない
近位・中位橈骨神経障害による下垂手
- 橈骨神経が障害されると、患者は手首を能動的に伸展することが不可能となり、下垂手と呼ばれる状態になる
- 下垂手のほかにも手背橈側、母指の伸展、示指、中指の橈側の近位指節間関節までの部分での知覚消失がみられる
- 知覚障害はしばしば、純粋に橈骨神経だけに知覚支配を受ける領域(母指と示指間の骨間領域)に限局することがある
腕神経叢の後束を出た後の橈骨神経の走行
- 橈骨神経は腕神経叢の後束の直接的な続きである
- 橈骨神経は上腕深動脈と伴行しつつ、橈骨神経溝の中を通って上腕骨の背面を回る
- 上腕骨外側上顆の約10㎝近位で外側上腕筋間中隔を貫通した後、橈骨神経は腕橈骨筋と上腕筋の間(橈骨神経管)を遠位に肘に向かって走行し、そこで深枝と浅枝に分かれる
- 深枝は回外筋の浅部と深部の間(回外筋菅)を通り、手首まで後骨間神経として走行する
- 浅枝は橈骨動脈と伴行して腕橈骨筋に沿って前腕を下行し、前腕下1/3の高さで橈骨と腕橈骨筋の間を通って屈側に出て、手背橈側と橈側の2本半の指(母指、示指、中指の橈側半分)の背側の近くを主に支配する
画像引用:プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系
三頭筋裂孔
- 上腕骨、上腕三頭筋長頭、大円筋によって三頭筋裂孔が作られる
- そこに、橈骨神経と上腕深動脈が通過する
画像引用:プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系
橈骨神経溝における橈骨神経の走行
- 橈骨神経溝の遠位端で、橈骨神経は外側上腕筋間中隔を貫き、上腕骨の前面に出て、引き続き橈骨神経管を経て肘窩に至る
- 上腕三頭筋への橈骨神経の枝は、橈骨神経溝より近位で起こる
- そのため、橈骨神経溝のレベルでの上腕骨骨折によって橈骨神経が障害されても、上腕三頭筋への橈骨神経の枝は障害部位より近位で分岐するため上腕三頭筋は機能する
画像引用:プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系
肘窩深部の解剖
- 橈骨神経あ橈骨神経管を通った後、知覚性の浅枝と橈側の筋群への筋枝を出し、回外筋に入っていく
画像引用:プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系
橈骨神経と回外筋の関係
- 橈骨神経は、回外筋の少し近位で、運動性の深枝と知覚性の浅枝に分かれる
- この位置関係により、運動性の深枝の絞扼や圧迫が起きやすくなる
- その結果、運動性の深枝で支配されている伸筋群(および長母指外転筋)の選択的麻痺が生じる
画像引用:プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系
参考文献
プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系 (医学書院 2009年6月15日)
姿勢筋と相動筋 マッスルインバランスの影響
不良な姿勢
- 不良な姿勢は多くの異なった要因によって生じる
- 身体、筋骨格システムの変形や不良な負荷でさえも要因となる
- 座位は長い時間同じ姿勢を保持しているので、ほとんどの人が抗重力能力や重心位置を修正する能力が低下している
疼痛スパズムサイクル
- 虚血は不良姿勢の初期における主要な疼痛原因となる
- 筋への血流は、ゼロから50~60%の収縮強度に達するまでの間では筋収縮や筋活動レベルと反比例する
- 10%を超える等尺性収縮ではホメオスタシスを維持できないと報告されている
- 頭部の重量はおおよそ身体重量の約7%である
- これは、体重80㎏の人では5~6㎏である
- もし、頭部や肩が前方へ移動したら、アライメントは崩れ、頚部伸筋の活動が劇的に増加し、その血流量は抑制されることになる
- 約2.5㎝の頭部前方移動で約4.5㎏の頭部重量が増加する
- この持続した等尺性収縮では筋が嫌気性作業を強いられ、乳酸が増加して蓄積する
- もし、安静状態が与えられなければ、虚血筋では反射性収縮が始まる
- この場合、疼痛スパズムサイクルへ突入する
- 神経筋システムは、遅筋線維と速筋線維から構成され、各々は身体機能における役割を持つ
- 遅筋線維(タイプⅠ)は、姿勢保持のような低レベル活動を維持する
- 速筋線維(タイプⅡ)は、力強く粗大的な運動を行う
- これらの筋群は、緊張筋と相動筋に分類される
緊張(姿勢)筋と相動筋
- 筋は機能的に緊張筋と相動筋に分類される
- 緊張筋は屈筋群から成り、反復する、あるいはリズム的な活動や協調された屈筋の活動を含む
- 一方で、相動筋は伸筋群から成り、生まれて間もなく出現する
- 相動筋は重力に対して遠心性に作用し、伸筋協調活動が含まれる
姿勢優位筋群
肩
- 大胸筋
- 小胸筋
- 肩甲挙筋
- 僧帽筋上部線維
- 頚部伸筋群
- 斜角筋
- 後頭下筋群
- 胸鎖乳突筋
前腕
- 手関節屈筋群
体幹
- 腰部と頚部伸筋群
- 腰方形筋
骨盤
- 大腿二頭筋
- 大腰筋
- 腸脛靭帯
- 大腿直筋
- 内転筋群
- 梨状筋
- 大腿筋膜張筋
下腿
- 腓腹筋
- ヒラメ筋
相動優位筋群
肩
- 菱形筋
- 僧帽筋中部、下部線維
- 前鋸筋
- 上腕三頭筋
- 頚部屈筋群
- 舌骨上筋群
- 舌骨下筋群
- 頚長筋
前腕
- 手関節伸筋群
体幹
- 胸椎伸筋群
- 腹筋群
骨盤
- 内側広筋
- 外側広筋
- 大殿筋
- 小殿筋
- 中殿筋
下腿
- 前脛骨筋
- 腓骨筋
筋の延長と短縮
- 安定機能(姿勢)を持つ筋は、負荷が生じた場合に短縮する傾向がある
- 相動筋は伸張に続いて抑制される
- 短縮する傾向のある筋群は主要な姿勢筋であり、殿筋群弱化の潜在的抑制に関連する
- ある筋は短縮するパターンの役割に例外がある一方、他の筋は延長する
- 例えば、斜角筋は元来姿勢筋であるとする一方、相動筋でもあるといわれる
- 遅筋線維と速筋線維が混在している特徴がある
- 例えば、ハムストリングスは姿勢安定機能を持ち、かつ多関節筋であり、短縮しやすいことでも有名である
姿勢筋の延長と短縮
機能 :姿勢
筋の種類:遅筋線維
疲労 :遅い
反応 :短縮
相動筋の延長と短縮
機能 :運動
筋の種類:速筋線維
疲労 :早い
反応 :遅延
姿勢筋群
- 緊張筋としても知られている
- 姿勢筋は抗重力筋であり、多くは姿勢維持に含まれる
- 遅筋線維は姿勢を維持するために適している
- すなわち、持続収縮するが一般的には短縮し、その後に硬化する
- 姿勢筋は、疲労に対応するため小さい運動ニューロンにより支配されている遅筋線維である
- よって、閾値は低く、これは神経活動が相動筋の閾値に達する前に発揮されることを意味する
- この神経活動の枠組みは、姿勢筋が相動筋(拮抗筋)を抑制し、これにより収縮や活動を減少させる
相動筋
- 運動は相動筋の主な機能である
- これらの筋はしばしば姿勢筋の表層にあり、多関節筋であることが多いが、速筋線維が優位であり、随意的な反応調節が行われている
- 短縮、硬化した姿勢筋は、しばしば相動筋に関連する筋群を抑制し、これらの筋機能は低下する
- 硬化傾向のある筋と低下傾向のある筋との関連は一方向性である
- 硬化傾向のある筋は硬化し、その後、強化される
- これは、低下傾向のある筋が伸張され、その結果として低下する
- 例えば、大腰筋や大殿筋、あるいは大胸筋・小胸筋や菱形筋について、このような関係がある
マッスルインバランスの影響
- シェリントンの相反神経抑制の法則を通して阻害された主動作筋だけでなく、通常それらが関連しない運動においても、硬化した筋や過活動筋になることを指摘した
- これは、マッスルインバランスを正しい方向へ修正しようとする場合、マッスルエナジーテクニックで過活動筋の伸張を試み、伸張された筋の強化を行う
- 硬化した筋により、関節は機能障害が生じる位置へ移動する
- これは、低下した筋により引き起こされる
- もし、マッスルインバランスへの介入がされなかったら、身体は代償的姿勢を矯正される
- そして、筋骨格システムにストレスを与えることになり、結果的には組織を破壊、刺激し、障害を与える
- マッスルインバランスは、最終的には姿勢に影響を与える
- 姿勢筋は少ない神経支配領域であり、よって低い閾値である
- 相動筋の活動前に姿勢筋が活動するため、姿勢筋は相動筋を抑制し、潜在的収縮能や活動を減少させる
- 筋が不良、あるいは反復した負荷を受けやすいとき、姿勢筋は短縮して相動筋は低下する
- よって、張力関連が変化する
- 結果とて、周囲の筋が軟部組織や骨格を移動させるために姿勢は直接影響を受ける
『姿勢』に関する復習をしたい方はこちら
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参考文献
骨盤と仙腸関節の機能解剖 骨盤帯を整えるリアラインアプローチ(医道の日本社 John Gibbons)
仙腸関節の安定性 フォームクロージャ・フォースクロージャ・ニューテーション・カウンターニューテーション・仙結節靭帯・長後仙腸靭帯・筋膜・筋群
仙腸関節の安定性に関わる2つの要素
- 仙腸関節の安定性に影響を与える主要な要素は2つある
- ひとつは、フォームクロージャーである
- もうひとつは、フォースクロージャーである
- これら2つのメカニズムは、『セルフロッキングメカニズム』の理論を支持するものとして知られる
- フォームクロージャーとフォースクロージャーとは、セルフロッキングメカニズムにおける自動と他動の違いである
- 仙腸関節の剪断力は、特徴的な解剖学的形状(フォームクロージャー)と、荷重環境(フォースクロージャー)に適応した筋や靭帯によって生じる圧迫力のコンビネーションによって抑制される
フォームクロージャー
- フォームクロージャーは仙骨と寛骨の解剖学的アライメントから成り立っており、仙骨は骨盤の両翼の要である
- 仙腸関節は大きな負荷を伝達するため、その形態は負荷に適応する
- 仙腸関節面は比較的平坦であるため、この形状は圧迫力や屈曲モーメントを分散している
- しかし、平坦な関節面は剪断力による障害を受けやすい
- 仙腸関節は、3つの方向からの剪断力から保護されている
- まず第一に、仙骨が三角形の楔状であり、両側に位置する寛骨により安定化されている
- 第二に、他の関節と比較して関節軟骨は滑りにくく、規則的な形状ではない
- 第三に、仙腸関節の関節軟骨を覆う骨は関節まで覆われている
- こうした特徴的な構造は、仙腸関節に圧迫力が加わった場合に、それを安定化させることと密接な関連がある
- 仙腸関節が圧迫されるメカニズムは、フォースクロージャーと呼ばれる
- 仙腸関節が圧迫、摩擦の増加によりフォームクロージャーが強化される
フォースクロージャー
- フォースクロージャーは以下のように行われる
- 第一の法則は、仙骨のニューテーションである
- これは、仙骨底の前傾か寛骨の後方回転によって起こる
- これらいずれかの運動により、仙結節靭帯、仙棘靭帯、そして骨間仙腸靭帯の連結はフォースクロージャーを支持し、仙腸関節の圧迫力を高める
- 一方、カウンターニューテーションでは上記の靭帯の緊張が低下するため、仙腸関節の安定性は低下する
- 寛骨と仙骨は1/3の面積しか接触していないため、靭帯が仙骨と寛骨の安定した連結の役目を果たしている
- 第二の法則は、体幹の深層にある筋と表層にある筋の活動、または収縮によって支持されるフォースクロージャーである
仙腸関節の安定性
- いくつかの靭帯・筋・そして筋膜システムは、骨盤のフォースクロージャーに貢献している
- そして、これらは骨関節靭帯システムとして総合的に説明される
- 身体は効率的に作用し、寛骨と仙骨の剪断力は適切に調節され、負荷は体幹・骨盤・下肢へと伝達される
- 仙腸関節のフォースクロージャーには、腹直筋、縫工筋、腸骨筋、大殿筋、そしてハムストリングスのような筋も仙腸関節のモーメントに十分な影響を与えるレバーアームとなる
- これらの筋の作用は、開放運動連鎖あるいは閉鎖運動連鎖であるか、また骨盤が十分に固定されているかによる
- いくつかの大殿筋線維は、胸腰筋膜として知られる結合組織と同様、仙結節靭帯に付着している
- 胸腰筋膜を介した大殿筋と反対側の広背筋の連結は、後斜走筋膜スリングとして知られている
- 大殿筋の筋力低下あるいは潜在的な筋活動以上による後斜走筋膜スリングの機能低下によって、仙腸関節が損傷しやすくなることが示されている
- 大殿筋の低下、あるいは潜在的な筋活動以上は歩行・走行時において、反対側の広背筋の代償的過活動を引き起こし、これが仙腸関節への負荷となるため、荷重関節は代償的動作を減少させる自己安定性が要求される
仙骨のニューテーションとカウンターニューテーション
- 仙骨のニューテーションが仙骨底の前下方運動、カウンターニューテーションは後上方運動である
- 仙骨のニューテーションは、片脚立位では仙腸関節がロックされるために必要である
- 仙骨のニューテーションができない場合は、片脚立位の不安定とトレンデレンブルグ歩行を引き起こす
- 一方、仙骨のカウンターニューテーションでは、仙腸関節がロックされるように寛骨の前方回旋と股関節伸展が必要となる
- 仙腸関節をロックできないこと、あるいは仙骨のカウンターニューテーションの異常は、腰椎や骨盤の屈曲が代償的に増加し、腰部の永続的な不安定が生じる
フォースクロージャー靭帯
- フォースクロージャーに影響を与える主要な靭帯は以下の通りである
- 仙結節靭帯(仙骨から坐骨結節へ付着し、鍵靭帯あるいは誘導靭帯と呼ばれる)
- 長後仙腸靭帯(第3、第4仙椎からPSISまで付着する)
- これれらの靭帯が付着している骨の動き、あるいは筋の収縮によって靭帯の緊張あるいは伸張が生じた場合、関節面の圧迫力は増加する
- 仙結節靭帯の緊張が増加することができるのは以下の3通りである
- 仙骨に対する相対的な寛骨の後方回旋
- 寛骨に対する相対的な仙骨のニューテーション
- 仙結節靭帯に直接付着している4筋のうち、ひとつの筋収縮、すなわち大腿二頭筋、梨状筋、大殿筋、多裂筋
- 仙骨のカウンターニューテーション、寛骨の前方回旋を抑制するための主要靭帯は、長後仙腸靭帯である
- 仙腸関節は圧迫力が少なく固定されないので、これらの靭帯は骨盤が水平あるいは垂直方向の負荷に対して不安定となる
- 長後仙腸靭帯は疼痛の原因となり、PSISの高さのすぐ下で触知できる
仙腸関節を安定させる構造
筋膜
- 筋膜が関節周囲を走行すると関節が安定する
- 仙腸関節領域でも筋膜が関節を安定させている
- この領域の筋膜は上下から伸びてきて、仙腸関節の上側で交差するように走行し、互いに絡み合っている
胸腰筋膜
- 胸腰筋膜は細い線維性構造を有し、その中で縦横に走行する線維が互いに絡み合っている
- 次の3つの層からなる
- 後層:脊椎および仙椎の棘突起と棘上靭帯に停止する。広背筋および下後鋸筋の腱膜に伸びて、腸骨稜外唇にいたり、仙骨に向かって走行する
- 中間層:腰椎横突起先端とその横突間靭帯に向かって伸びる。最下位肋骨および腸骨稜で固定される
- 前層:腰椎の横突起底、腸腰靭帯、腸骨稜に停止する。上側から脊柱起立筋が、外側から腹筋群が筋膜に伸びる
『胸腰筋膜の起始・停止』などについて復習したい方はこちら
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殿筋膜
- 腸骨稜に停止し、中殿筋を超えて走行する
- 殿筋膜は大殿筋周辺で筋繊維束につながる
- 線維は仙骨の停止部で胸腰筋膜の線維と絡み合う
大腿筋膜
- 靭帯繊維の一部も殿筋膜を超えて仙腸関節へ向かう
- これは胸腰筋膜が大転子を回旋点として利用し、上腿外側部に沿って腸脛靭帯の一部になっている
靭帯
骨間仙腸靭帯
- 骨間仙腸靭帯は関節包のすぐ後側にあり、さらに緻密に仙骨溝を完全に満たすことから、関節安定に非常に重要な機能を有する
- 線維は短く、運動に応じて必ず一部が収縮する
仙結節靭帯と仙棘靭帯
- 仙腸関節は前傾方向に運動する傾向が強い
- したがって、非常に強靭なこの2つの靭帯が前傾方向への運動を安定させている
腸腰靭帯
- この靭帯は前仙腸靭帯と結合して、仙腸関節前側を安定させている
- 腸骨に伸びる線維の補助により、後下方への転移を阻止する
筋群
大殿筋
- 大殿筋は背側で仙腸関節を直接覆う唯一の筋である
- 関節の安定性を向上させている
- 線維は関節線に対してほぼ直角に走行し、関節を圧迫する
- 上側は胸腰筋膜、腸骨、仙骨、尾骨、仙結節靭帯と結合して骨盤帯に大きな影響を与えている
『大殿筋の起始・停止』などについて復習したい方はこちら
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梨状筋
- 仙腸関節の下側を覆う筋である
- 関節に対してほぼ水平に走行しており、仙骨を牽引して腸骨に近づけることで関節を圧迫する
『梨状筋の起始・停止』などについて復習したい方はこちら
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脊柱起立筋
- 脊柱起立筋の腱繊維は大半が仙骨溝の中央部の高さに停止し、仙骨尖にいたるのはわずかな長い線維のみである
- この長い線維が仙結節靭帯と癒合する
『仙腸関節の運動』について復習したい方はこちら
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参考文献
骨盤と仙腸関節の機能解剖 骨盤帯を整えるリアラインアプローチ(医道の日本社 John Gibbons)
慢性腰痛症における体幹機能とアプローチ 内腹斜筋の骨盤安定化機能とアプローチ・骨盤変位とアプローチ
腰痛症における体幹機能のアプローチ
- 腰痛症には器質的要因、機能的要因がある
- いずれの場合も体幹筋、股関節周囲筋の機能低下が予測される
- 疼痛が認められる場合、筋は疼痛に適応するといわれている
- 疼痛のある筋が求心性収縮する時、その収縮力を低下させ、筋録を十分発揮させないことで損傷部位を保護する
- これらの適応によって異なる損傷部位へのストレスを軽減させる
- その結果として、疼痛筋の筋力低下や疼痛部位の関節可動域制限を来し、二次的問題を抱えることになる
- ここでは、内腹斜筋の骨盤安定化機能とアプローチ、骨盤変位とアプローチについて述べる
内腹斜筋の骨盤安定化機能とアプローチ
- 仙腸関節は、中央にある仙骨を左右の寛骨で挟んでいる構造である
- 仙腸関節の関節面が平坦であることから、立位姿勢で一側下肢への荷重の増大により剪断力が増大する
- 内腹斜筋は骨盤内で水平方向の筋線維を有しており、この剪断力に対し側方から圧縮させる力にて骨盤を安定させる作用がある
- そのため、荷重時に内腹斜筋の筋活動が低下し、骨盤に不安定性がある場合には、内腹斜筋の骨盤安定化機能を向上させることが重要である
- 腰痛症患者では、内腹斜筋に機能低下を呈することが多く、仙腸関節が不安定になりやすい
- 結果として、仙腸関節の偏位をきたすことになる
- 反対に、仙腸関節の偏位が内腹斜筋の機能低下をきたすことも考えられる
- したがって、徒手的療法評価によって仙腸関節に偏位があったとしても、内腹斜筋の機能が低下していればモビライゼーション実施による改善が困難になり、慢性化しやすくなる
- 臨床的には、骨盤前傾または後退の偏位がある場合、荷重時の内腹斜筋の筋活動が低下しやすく、荷重時における仙腸関節安定化機能が低下している場合が多い
- その際、骨盤前傾の要因が腸腰筋の短縮である場合、骨盤モビライゼーションと腸腰筋のストレッチを併用した治療を選択する
- 骨盤前傾に対するアプローチおよび荷重時の内腹斜筋機能が改善したときに、骨盤安定化を図ったことになる
- このように、仙腸関節の偏位、内腹斜筋の機能、股関節や骨盤のアライメントなどを関連させながら治療法を展開していく
①立位での体重移動による内腹斜筋の促通
②座位における内腹斜筋の促通
③立位での一側下肢の前方ステップ
骨盤変位とそのアプローチ
- 骨盤は中央の仙骨と両側の寛骨から構成されており、寛骨は坐骨・恥骨からなる
- 骨盤に付着している筋の緊張程度や直接受けた衝撃などにより骨盤変位が生じる
- 体表上から触診可能な部位はASIS、PSIS、恥骨、坐骨である
- これらを触診することで左右の寛骨の位置関係を立体的にイメージする
- 仙骨は両側から梨状筋をはじめとする股関節外旋筋の起始部になっていることから、これらの筋緊張亢進がある場合、仙骨下部が側方に偏位しやすい
- さらに、仙骨は矢状面において前傾・後傾するが、これらの運動に支障がある時、体幹前傾や後傾において痛みが生ずることになる
- よって、仙骨の偏位についても評価・治療が必要になる時もある
アプローチ
①骨盤前傾に対するモビライゼーション
対象:骨盤の前傾
肢位:治療側を上にした側臥位
方法:
- 治療側の股関節・膝関節を屈曲させる。
- 非治療側上肢を軽く牽引して、体幹回旋位とする。
- 治療側の膝関節を治療者の両大腿にて挟み、両手にて対象の骨盤を把持する。
- 治療者の下肢の動きにより対象の股関節を屈曲し、それに伴い骨盤後傾のモビライゼーションを行う。
②骨盤後傾に対するモビライゼーション
対象:骨盤の後傾
肢位:治療側を上にした側臥位
方法:
- 治療側の股関節・膝関節を屈曲させる。
- 非治療側上肢を軽く牽引して、体幹回旋位とする。
- 治療側の膝関節を治療者の両大腿にて挟み、両手にて対象の骨盤を把持する。
- 治療者の下肢の動きにより対象の股関節を伸展し、それに伴い骨盤前傾のモビライゼーションを行う。
③恥骨前方変位に対するモビライゼーション
対象:恥骨前方変位
肢位:背臥位
方法:
- 治療側の恥骨上に治療者の手を添える。
- 非治療側の股関節、膝関節を屈曲させる。
- 非治療側の股関節・膝関節の屈曲に伴い骨盤後傾が生ずるが、この時、治療側の骨盤後傾によって恥骨が前方に挙上する。
- それに対し、治療者の恥骨上に置かれた手において、恥骨前方への動きを制限する。
④腸骨後方変位に対するモビライゼーション
対象:腸骨後方変位
肢位:背臥位
方法:
- 両股関節・膝関節を屈曲させ、治療者の大腿の上に患者の大腿下面をのせる。
- 治療側のPSISの下に治療者の手を入れ、非治療側のASISに他方の手を添えておく。
- 患者の下肢を治療側に倒すことで骨盤を治療側に回旋させる。
- このとき、治療側PSISを介して治療者の手にかかる圧が増大する。
- それに伴い、非治療側に添えた手で骨盤回旋により生ずるASISの前方の動きに制限を加える。
- 結果として、治療側骨盤の前方への動き、非治療側骨盤の後方への動きを同時に入れ、モビライゼーションを実施する。
⑤仙骨前傾に対するモビライゼーション
対象:仙骨前傾
肢位:腹臥位
方法:
- 仙骨下部に両手を重ねて添えておく。
- 患者側にゆっくりと体重をかけていく。
- それと同時に仙骨が後傾するよう力を加えていく。数回繰り返す。
⑥仙骨後傾に対するモビライゼーション
対象:仙骨後傾
肢位:腹臥位
方法:
- 仙骨下部に両手を重ねて添えておく。
- 患者側にゆっくりと体重をかけていく。
- それと同時に仙骨が後傾するよう力を加えていく。数回繰り返す。
⑦仙骨側方変位に対するモビライゼーション
対象:仙骨側方変位
肢位:腹臥位
方法:
- 偏位している側の仙骨側面に両側の母指を添えておく。
- 仙骨を正中方向にゆっくりと圧を加えていく。
- 数回繰り返す。
参考文献
The Center of the Body -体幹機能の謎を探る- (関西理学療法学会 2005年12月18日)
上肢の運動器疾患における体幹機能とアプローチ 菱形筋の機能不全・小胸筋の短縮・脊柱筋と腹部筋の機能不全・上腕骨頭前方変位・翼状肩甲・外反肘
上肢の運動器疾患における体幹機能とアプローチ
- 運動器疾患の発生に関連する力学的負荷は『牽引』、『圧縮』、『剪断』の3つに集約される
- 生体には通常その3つの負荷が複合して加わっている
- 靭帯や筋などの軟部組織損傷は、直接的な打撲の場合を除いて牽引力によって生じ、骨軟骨損傷は牽引力、圧縮力、剪断力のいずれによっても生じる
- つまり、運動器疾患の病態を離開するためには、生体に生じている力学的負荷を特定できなければならない
- 力学的負荷の減少や分散は、それ自体がその負荷によって生じている症状の緩解や予防につながるものである
- 体幹が屈曲位を呈する状況では、肩関節のアライメントが変化し、肩関節屈曲・外転可動域が制限され、伸展可動域は増大する
- この伸展可動域は増大は、上腕骨頭が前方偏位したことによるもので、それによって肩関節前方での牽引力と後方での圧縮力が増大する
上肢のアライメント不良に関連する体幹機能
- 上肢の代表的アライメント不良の原因となるもので、共通しているものに菱形筋群の機能不全と、小胸筋の短縮がある
- 上肢の代表的アライメント不良にとって重要な体幹機能として、傍脊柱筋の筋緊張や筋活動、腹直筋や側腹部の筋の筋緊張や筋活動が挙げられる
菱形筋群の機能不全
- 菱形筋群は上肢のアライメントだけでなく、体幹機能を考える上でも非常に重要である
- 菱形筋群は、肩甲骨を介して肩甲帯を脊柱に連結し、肩甲帯の運動を安定化せせるだけでなく、様々な運動において脊柱に加わる外乱に抗しながら、脊柱の自由度を保つ作用をもっている
- この作用は骨盤帯における腸腰筋にもみられ、肩甲帯と骨盤帯が各々の運動を協調的におこない、脊柱を安定化させることを菱形筋-腸腰筋バランスとしている
- すなわち、菱形筋群の働きによって胸椎後方の自由度のある安定化が得られることと、腸腰筋の働きによって骨盤帯の機能的な運動が可能になることで、腰背部を含めた体幹機能が非常に安定して直立位を保持することが可能になる
- 具体的には、肩甲帯の肢位によって上位胸椎と頚椎、頭部の位置が決定され、上位胸椎の肢位を正すには肩甲帯の動きをコントロールすることが必要になる
小胸筋の短縮
- 小胸筋は、その短縮により肩甲骨を前傾・挙上・外転させ、上腕骨頭を対側に対して前方に変位させる
- これにより、肩甲帯は前方突出し、上位胸椎や頚部のアライメントに影響を及ぼし、さらに菱形筋群の活動が起こりにくくなるという悪循環を生じさせる
傍脊柱筋・腹部筋の機能不全
- 傍脊柱筋の機能不全によって、脊柱背部の筋緊張が低下し、脊柱の後弯が増強して骨盤が後傾しやすくなる
- 骨盤後傾により重心線が正常よりも後方に落ちた状態で脊柱の後弯が増強すると、さらに脊柱背部の筋活動が生じにくい状態となり、両側の肩甲骨は外転位をとり、肩甲帯のアライメント不良を引き起こす
- 一方、体幹の矢状面におけるアライメント不良に関係するのに対して、腹部筋の機能不全は体幹の前額・水平面アライメント不良に関係する
- なぜなら、一側のみの腹部筋が機能不全になることで体幹は同側に側屈し、それによって同側の肩甲骨は下制・外転位を呈し、肩甲帯のアライメント不良が惹起される
- また、腹部筋の機能不全は胸部の回旋に影響する
- 脊柱が直立した状態では脊椎の回旋可動域は大きいが、脊柱全体に後弯がみられる場合には椎体間の回旋が制限され、胸腰部移行部での代償や、胸部での体幹側屈、肩甲帯の下制が生じる
- 体幹回旋は腹部筋の緊張による腹圧の変化にも影響を受け、腹部筋の緊張が低い場合、側弯を伴った回旋運動を呈する
- このように、体幹筋に機能不全がある場合、一側の上肢を挙上していくと、挙上側に凸の側弯が生じる
代表的アライメント不良
上腕骨頭前方変位
- 上腕骨頭前方変位は、肩甲骨前方傾斜や肩関節内旋の程度が大きくなった場合に生じやすい
- 肩甲骨前方傾斜は、胸椎の後弯増強や骨盤後傾を伴う脊柱の全体的な屈曲により生じる
- また、小胸筋の短縮や、菱形筋群・僧帽筋中部線維の機能不全による肩甲骨内転不全によっても生じる
- 肩関節内旋の増大は、大円筋や広背筋の短縮および外旋筋の機能不全によって生じる
翼状肩甲
- 翼状肩甲は、肩甲骨が胸郭に固定されにくくなった状態である
- 前鋸筋や菱形筋群の機能不全および肩甲骨挙上筋の短縮によって生じる
外反肘
- 外反肘は肘関節の問題だけでなく、上肢を用いた動作時にみられる肩甲帯の下制や肩関節の外旋制限によっても生じる
- 外反肘に関連する肩甲骨の下制は、体幹が側屈した状態の誘因となり、外旋制限とともに日常生活における上肢の到達範囲を制限するものである
上肢のアライメント不良に関連する体幹機能とアプローチ
ウィンギングエクササイズ
- 脊柱の全体的な後弯を矯正しながら、肩甲骨を脊柱・体幹に引きつける菱形筋群と肩甲骨の上方回旋に重要な役割を果たす肩甲挙筋を優位に活動させるエクササイズである
- 翼状肩甲の改善と脊柱後弯を矯正・防止し、肩甲骨の内転安定性を高め、さらに肩甲骨の上方回旋を肩甲挙筋優位に行わせることである
参考文献
The Center of the Body -体幹機能の謎を探る- (関西理学療法学会 2005年12月18日)
頚部と体幹機能に対するアプローチ 頭部と胸郭の位置関係・内腹斜筋による下部腹直筋の安定化・外腹斜筋による上部腹直筋の安定化・腹横筋による腹直筋の安定化
頚部と体幹機能に対するアプローチ
1.頚部と胸郭の位置関係
- 頚部は最上部に頭部があり、7つの頚椎から構成されている
- 頚椎の運動には屈曲、伸展、側屈、回旋があり、それぞれの動きに対し複数の関節が関与する
- 関節モビライゼーション個々の脊椎の可動性を評価することが可能であり、脊椎の可動性低下または過可動性について把握し疼痛との関連性について推察できる
- 頚椎以下には胸椎があり、肋骨とともに胸郭を形成している
- よって、頭頚部の運動の土台として胸郭が存在している
- そのため、胸郭の位置によって頚部の運動は影響されることになる
- 胸郭の真上に頭部が位置していない状態では、頭部と胸郭を連結しなければならず、必然的に頭部周囲筋の筋緊張は更新するか、もしくは頚椎の弯曲を強める結果となる
2.脊柱起立筋による胸郭の運動制御に対するアプローチ
- 頚部の運動機能に胸郭の位置関係が影響することから、頚部の運動機能を考える時には胸郭の運動制御機能を評価しなければならない
- 骨盤上にある脊椎および胸郭は、主に脊柱起立筋によって制御されている
- 胸郭を制動背うる脊柱起立筋は、最長筋であることから各部位の制御に対し最適な脊柱起立筋を選択し、制御できるか否かが重要になってくる
3.頚部周囲筋に対するアプローチ
- 頚部固有受容器は上部頚椎の頚部背側の高重力筋に多く存在し、特に頭板状筋、大後頭直筋、頭最長筋、頭半棘筋に集中している
- これらの筋の固有受容器からの情報は、主に脊髄網様体を経由し、前庭神経核にフィードバックされ、頭部運動の間、前庭神経核にインパルスを発射している
- そのため、頚部筋や関節の障害により、頚部固有受容器に異常興奮が生じた場合、前庭神経に病的な影響を与えることで、めまいを引き起こすと考えられる
- 頚部軟部組織の固有受容器より発生した求心性インパルスの異常興奮は、上行性ん脊髄網様体を経由して脳幹に伝達され平衡機能異常を発生し、この機能異常は下降性に内側縦束や網様体脊髄路を通じて、眼や四肢、体幹の筋肉に伝達され、それらの器官に機能失調を引き起こすと説明している
体幹機能に対するアプローチ
1.骨盤の安定化
- 座位姿勢や立位姿勢での体幹に関連する垂直連結の関節は、仙腸関節、肩甲上腕関節が挙げられる
- これらの関節に荷重量を増大させることで、横方向に跨ぐ筋の筋活動が増大し、関節を安定化させることができる
2.腹筋群による胸郭制御に対するアプローチ
①内腹斜筋による下部腹直筋の安定化
- 立位にて骨盤を前方に移動させる
- その状態から元の立位の状態に戻させる
- この時、体幹を屈曲させて元の状態に戻すが、内腹斜筋の筋活動を増大させながら腹直筋が求心性収縮することで元の状態に戻すことができる
- 内腹斜筋と腹直筋を触診し、筋緊張が増加することを確認する
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② 外腹斜筋による上部腹直筋の安定化
- 座位や立位にて両側上肢の挙上させていく
- この時、外腹斜筋の筋活動が増大する
- 物を持たせて同様の動作を行わせることで外腹斜筋と腹直筋の筋緊張が増大することを確認する
- 外腹斜筋の働きで腹直筋鞘を側方に引っ張ることで、上部腹直筋を安定させることができる
- これにより、腹直筋による胸郭の伸展方向の制御が可能になる
外腹斜筋の起始・停止などの復習をしたい方はこちら
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③腹横筋による腹直筋の安定化
- 立位にて骨盤を前方に移動させながら同時に上肢も挙上させる
- その状態から元の状態に戻させる
- 内腹斜筋、外腹斜筋、腹直筋の筋緊張が増大するが、側腹部においても強い筋緊張の増加が確認できる
3.胸郭と肩甲骨の安定化に対するアプローチ
①胸郭上での肩甲骨安定化に対するアプローチ
- 肩関節屈曲では、三角筋前部線維による肩甲骨と上腕骨の連結が生じ、矢状面では肩甲骨の前傾モーメントを生じることになる
- 僧帽筋上部線維は肩甲骨の内側下部を覆っていることから、肩甲骨の前傾モーメントを制御し、安定させる機能面を有している
- 肩関節外転運動では、三角筋中部線維による肩甲骨と上腕骨の連結が生じ、前額面では肩甲骨の下方回旋が生ずることになる
- 僧帽筋中部線維は肩甲棘上に付着していることから僧帽筋中部線維と下部線維によって、この下方回旋を制御し、安定させることになる
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②胸郭上での肩甲骨の運動に対するアプローチ
- 肩甲骨は内側縁において前鋸筋と菱形筋で連結している
- よって、肩甲骨内側縁を介して外転方向には前鋸筋、内転方向には菱形筋において制御されている
- 肩甲骨が上方回旋する時、前鋸筋の求心性収縮が必要になるが、このとき反対の作用を持つ菱形筋は伸張しなければならず、両者がそのような関係にあるとき、肩甲骨の上方回旋が可能になる
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菱形筋の起始・停止などの復習をしたい方はこちら
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③上肢運動時の体幹安定化に対するアプローチ
- 前鋸筋の起始部が肋骨外側面であることから、前鋸筋の求心性収縮のみ生じた場合、肋骨外側面を肩甲骨内側縁に引きつける力が生じ、結果として反対側への体幹回旋が生じてしまう
- よって、肩甲骨上方回旋するために前鋸筋が求心性収縮する際、体幹が反対側に回旋しないよう同側外腹斜筋の等尺性収縮が必要になる
参考文献
The Center of the Body -体幹機能の謎を探る- (関西理学療法学会 2005年12月18日)
歩行と体幹・股関節筋の活動 立脚初期と立脚中期と立脚後期それぞれの前額面・矢状面・水平面
歩行時における体幹筋の筋活動パターン
- 歩行中の体幹筋の筋活動は、腹筋群においてそれぞれ異なる筋活動パターンを示した
- 背筋群においては、多裂筋、最長筋、腸肋筋ともに類似した筋活動パターンを示した
歩行時における股関節周囲筋の筋活動パターン
- 中殿筋は立脚初期から筋活動が増大し、立脚中期まで筋活動が増大するパターンであった
- 内転筋は立脚初期および終期にかけて筋活動が増大し、立脚中期および遊脚期に筋活動が低下するパターンであった
各歩行周期における体幹筋・股関節周囲筋の役割
1.立脚初期
矢状面
- 踵接地時、支持面である足底に対し重心は後方にある
- そのため、骨盤および胸郭には前傾モーメントが増大する
- よって、骨盤前傾に対し大殿筋、ハムストリングスによる制御が必要となる
- 胸郭の前傾に対しては、腰背筋による制御が必要になる
- さらに、腹筋群では腹直筋の筋活動が増大する
- これは、踵接地直前まで下肢を前方に挙上しているため、骨盤には前傾モーメントが生じることになり、腹直筋による骨盤の空間保持としての機能が求められる
- 踵接地時には腰背筋との同時収縮による体幹の矢状面での安定化に機能している
前額面
- 踵接地の衝撃により骨盤には反対側骨盤の下制もしくは挙上モーメントが生じる
- これは、歩行速度が遅いときにはより骨盤下制が生じ、歩行速度が速いときには骨盤挙上が生じやすい
- 内転筋と中殿筋の筋活動パターンは、ともに筋活動が増大するパターンであるためこの踵接地時における骨盤の不安定は両筋の同時収縮によって安定させている
- ブリッジの状態であるため、股関節は重力により外転方向に崩れる力が生ずる
- そのため、内転筋のブリッジ活動により股関節外転位を保持させている
水平面
- 上肢は後方へ振り出されている状態である
- それに伴い胸郭は骨盤の回旋方向とは反対側に回旋する
- 外腹斜筋の筋活動パターンは増大するが、これは胸郭の回旋に対するブレーキング作用であると考えられる
- 広背筋と外腹斜筋は体幹回旋に関連しているといわれており、胸郭の回旋に対し求心性に、または遠心性に制御していると考えられる
2.立脚中期
矢状面
- 支持面状に骨盤および胸郭がのっており、矢状面においては安定している状態である
- 腹直筋および腰背筋の筋活動パターンは筋活動が低下する時期である
前額面
- 内腹斜筋の筋活動は立脚初期、中期を通して筋活動が増大しており、特に中期をピークとして終期、遊脚期と比較して優位に増加した
- 下肢への荷重量の増大と内腹斜筋の筋活動には関連性がある
- 荷重によって仙腸関節へ剪断力が働くとし、内腹斜筋は骨盤内で横方向の筋線維であることから、内腹斜筋の筋活動はこの仙腸関節への剪断力を防ぐ効果がある
- これにより、立脚期の骨盤帯の安定性に寄与したと考えられる
- 片脚立位となるため、遊脚側の骨盤は下降する
- 中殿筋の筋活動は、中期まで筋活動は増大しており、骨盤下降を防ぐ作用がある
水平面
- 中期では体幹の回旋が生じない
- 外腹斜筋の筋活動パターンにおいても、活動が低下している時期である
3.立脚後期
矢状面
- 踵接地直後とつま先離地直前に、第5腰椎と仙骨の椎間板へ最も負担がかかる
- 腰背部の筋活動は、初期と終期において増大が認められた
- 最も腰椎への負担が増加する時期に腰背筋の筋活動を増大させることで、第5腰椎と仙骨の椎間板へのストレスを軽減させていると推察できる
前額面
- 立脚初期から中期にかけて股関節は4°内転するといわれており、中期から後期にかけて外転し、歩行周期50%で股関節外転0°、歩行周期60%では股関節外転角度4°になる
- 歩行周期における股関節内転筋の筋活動パターンは、踵接地時に筋活動が増大し、立脚中期で筋活動低下し、再度歩行周期50~60%で筋活動が増大するパターンである
- これらのことから、立脚終期に股関節外転し、反対側下肢が設地する直前に股関節内転筋の筋活動が増大することからブリッジ活動が生じていると考えられる
- このように、両側下肢が接地する直前および直後は重力の影響でアーチ内に崩れる力が働き、さらに荷重が均等にかかっていない状態であることから、ブリッジ活動は動作を継続するうえで非常に重要となる
水平面
- 外腹斜筋の筋活動は立脚後期で優位に増大した
- 後期では同側上肢の前方への振り出しに伴い体幹回旋が生ずる
- 外腹斜筋と腹直筋の求心性収縮によって体幹回旋運動が生じたと考えられる
- また、外腹斜筋と腹直筋の筋活動パターンは類似しており、立脚初期および終期で筋活動が増大するパターンであった
- 立脚初期が胸郭の立脚側への回旋運動に対する遠心性の制御であるのに対し、後期では求心性収縮による胸郭の遊脚側への回旋に機能したと考えられる
参考文献
The Center of the Body -体幹機能の謎を探る- (関西理学療法学会 2005年12月18日)
PIR 等尺性収縮後弛緩法 胸腰部脊柱起立筋・腰方形筋・腸腰筋・大腿直筋・大腿筋膜張筋・梨状筋
PIRとは
- PIRとは、PNFの contract-relax と筋エネルギー法 (muscle energy) を応用したテクニックである
- チェコの神経科医 Vladimir Janda によって開発された
PIRの手順
患者の位置および肢位
- 患者にできるだけリラックスした肢位をとらせる
筋の緩みをとる
- 肢位が整ったら、目的とする筋の緩みをとる
- ストレッチとは異なり、できるだけ筋をリラックスさせ、動きの止まるところで保持する
等尺性収縮
- セラピストの軽い抵抗に対して目的とする筋を等尺性収縮させる
- 通常5~8秒行うが、延長することもでき、これを3~5回繰り返す
- もし、8秒以内でリリースされない場合、長い収縮が必要である
- この収縮は最大収縮の10~20%の力で行いできる限り緩やかに行うべきである
- したがって、セラピストは最小限の抵抗から始めるのが望ましい
呼吸と視覚の共同運動
- 呼吸と眼の動きは筋の抑制に役立つ
- 等尺性収縮の時に吸気を行わせ、目で筋の収縮をみる
- そして、呼気を行いながら力を抜き、リラクセーションを促す
- その際には筋から目をそらす
- この呼吸と視覚の共同運動は、筋のリラクセーションに役立つといわれている
PIRの実際
胸腰部脊柱起立筋
患者の肢位
- 患側を上にした側臥位とする
方法
- 下側の肩は後方に回旋させ、下肢は曲げる
- 両方の腕は治療台の外に垂らし、上側の下肢はわずかに伸ばす
- セラピストは患者の背後に回り、片手を上前腸骨棘に置き、もう一方の手は胸郭下部に置く
- 筋の緩みをとるために上前腸骨棘を後方に動かし、胸郭下部を前上方に動かす。これによって緩みをとり、筋の抵抗感をみつける
- セラピストの手で胸郭下部に抵抗を与え、等尺性収縮を促す。この時、患者には上をみてもらい、深く息を吸うように指示する
腰方形筋①
患者の肢位
- 側臥位とする
- 腰椎をわずかに側屈させるために、巻きタオルなどを下に入れる
- 患者の上側の上肢は挙上し、頭上の治療代を軽くつかむ
方法
- 患者に股関節を屈曲するように下肢を持ち上げさせ、セラピストの大腿部で下肢を挟むようにする
- セラピストの両手を患者の腸骨稜に置く。そして、前腕は股関節のあたりに軽く置く
- 可動域の最終を見つけるために、腸骨稜をまっす尾側に動かす。これによって緩みが取れ、筋の抵抗感がみつかる
- 患者はセラピストの抵抗に対して腸骨稜を引き上げ、腰方形筋の等尺性収縮を促す。この時、患者には上をみてもらい、深く息を吸うように指示する
- 筋が弛むのを感じたら、次の抵抗感を感じるところまで筋を伸張するように腸骨稜を尾側に導く
腰方形筋②
患者の肢位
- 側臥位で行う
- 患側の股関節を上側にして伸展した肢位とする
方法
- セラピストは患者の背後に回り、患者の下肢を後方にもってきて、大腿部で挟む
- 筋の緩みをとるために、腸骨稜をまっすぐ尾側に動かす。これによって緩みが取れ、筋の抵抗感がみつかる
- 患者はセラピストの抵抗に対して腸骨稜を引き上げ、腰方形筋の等尺性収縮を促す。この時、患者には上をみてもらい、深く息を吸うように指示する
- 筋が弛むのを感じたら、次の抵抗感を感じるところまで筋を伸張するように腸骨稜を尾側に導く
腸腰筋
患者の肢位
- 背臥位で行う
- ベットの端から患側の下肢を出す(トーマス肢位変法)
方法
- セラピストは健側に立ち、患者の両下肢を屈曲位に保持する
- 患者の股関節をゆっくりと伸展させ、長預金の緩みをとる。その際、健側の下肢はセラピストの側腹部で固定する
- 患側の股関節が可動域の最終に達したら、セラピストの手に抵抗するよう患者に患側股関節を屈曲してもらう
- 患者に力を抜かせ、ゆっくりと息を吐かせる。リラックスするのを待ち、筋が弛むのを感じたら、次の抵抗感を感じるところまで患側の股関節を伸展して筋を伸張するよう導く
大腿直筋
患者の肢位
- 側臥位とする
- 患側を上側にする
方法
- 患者の上体をまっすぐにし、そして患者の骨盤が前傾しないようセラピストの骨盤を患者の臀部に押しつけ、患側の大腿を一方の手で、下腿をもう一方の手でセラピストが持つ
- 筋の緩みをとるために患側の股関節を伸展、膝関節を屈曲し、大腿直筋の抵抗が感じるところまで行う
- この位置で、股関節屈曲と膝関節伸展運動を同時に行ってもらい、大腿直筋の等尺性収縮を促す
- 患者に力を抜かせ、ゆっくりと息を吐かせる。リラックスするのを待ち、筋が緩むのを感じたら、次の抵抗感を感じるところまで患側の股関節を伸展、膝関節を屈曲して筋を伸張するよう導く
大腿筋膜張筋
患者の肢位
側臥位とする
患側を上側にする
方法
- セラピストは患側の大腿を一方の手で、下腿をもう一方の手で持ち、そして患者の骨盤を固定するためにセラピストの骨盤を患者の臀部に当てる
- 筋の緩みをとるために患側の股関節を伸展・内転し、大腿筋膜張筋の抵抗が感じるところまで行う
- この位置で患者に股関節を屈曲・外転してもらい、大腿筋膜張筋の等尺性収縮を促す
- 患者に力を抜かせ、ゆっくりと息を吐かせる。リラックスするのを待ち、筋が緩むのを感じたら、次の抵抗感を感じるところまで患側の股関節を伸展、内転して筋を伸張するよう導く
梨状筋
患者の肢位
- 背臥位とする
方法
- セラピストは健側に立ち、患側の大腿を一方の手で、下腿をもう一方の手で持ち、そして股関節を60°以下に屈曲する
- 患側の股関節を内転し、大腿骨長軸に向かって圧縮を与える
- 筋の緩みをとるために患側の股関節を内旋し、梨状筋の抵抗が感じるところまで行う
- この位置で患者に股関節を外旋してもらい、梨状筋の等尺性収縮を促す
- 筋が緩むのを感じたら、次の抵抗感を感じるところまで患側の股関節を内旋して筋を伸張するよう導く
『マッスルインバランスと姿勢』を復習したい方はこちら
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『運動パターンテスト Jandaのテスト』を復習したい方はこちら
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『筋の長さテスト』を復習したい方はこちら
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参考文献
理学療法士列伝ーEBMの確立に向けて 荒木茂 マッスルインバランスの考え方による腰痛症の評価と治療 (三輪書店 2012年9月10日)
筋の長さテスト 腸腰筋・大腿直筋・大腿筋膜張筋・内転筋群・ハムストリングス・梨状筋・下腿三頭筋・胸椎伸筋群・腰方形筋
筋の長さテスト
- 姿勢の評価や運動パターンテストで過緊張を疑う筋に対して、実際に『筋の長さテスト』を行い確認する
- このテストは関節可動域を確認するのではなく、他動的な伸張に対する抵抗感(エンドフィール)を評価する
- 可動域は正常か、短縮により制限があるのかを確認する
- 最終域での抵抗感が短縮か、過緊張なのかを確認する
- 左右差を評価することも大切である
1.腸腰筋
患者の肢位
- 患者はベッドの端に座位をとる
- セラピストは患者の両下肢を屈曲位に保持しながら背臥位にする(トーマス肢位変法)
方法
- 非検査側の下肢を屈曲位にし、セラピストの体幹で固定する
- 腰椎が平らになるように、非検査側の股関節屈曲で調節する
- 検査側の下肢をゆっくりと伸展させ、動きが止まるとことで抵抗感をみる
- 標準では股関節伸展0°、オーバープレッシャーをかけると股関節伸展10°になる
2.大腿直筋
患者の肢位
- 患者はベッドの端に座位をとる
- セラピストは患者の両下肢を屈曲位に保持しながら背臥位にする(トーマス肢位変法)
方法
- 非検査側の下肢を屈曲位でセラピストの体幹で固定する
- 腰椎は平らになるように非検査側の股関節屈曲で調節する
- その際、検査側の股関節を伸展0°位に保持する
- 代償運動の股関節屈曲を防ぐ
- 標準では股関節屈曲90°に位置する
- そして、下腿部前面に当てた手で膝関節を屈曲させ、動きが止まるところで抵抗感をみる
- 標準ではオーバープレッシャーをかけると膝関節屈曲125°になる
3.大腿筋膜張筋
患者の肢位
- 患者はベッドの端に座位をとる
- セラピストは患者の両下肢を屈曲位に保持しながら背臥位にする(トーマス肢位変法)
方法
- 非検査側の下肢を屈曲位で、セラピストの体幹で固定する
- 腰椎は平らになるように非検査側の股関節屈曲で調節する
- その際、検査側の股関節を伸展0°位に保持する
- 代償運動の股関節屈曲を防ぐ
- そして、大腿外側に当てた手で股関節を内転させ、動きが止まるところで抵抗感をみる
- 過緊張の場合、男性では大腿外側部に溝、女性では平坦さを観察できる
- 標準では股関節は伸展0°位で15~20°内転する
4.股関節内転筋群
患者の肢位
- 背臥位にする
方法
- 股関節内旋、外旋中間位で股関節を外転させASISを触診し、動きが出たら留める
- 代償運動である骨盤の回旋、股関節の屈曲を防ぐ
- 標準では股関節は伸展0°位で40~45°外転する
5.内転筋群の単関節と二関節内転筋の鑑別
患者の肢位
- 背臥位にする
方法
- 膝関節屈曲位で行うことで、単関節内転筋の鑑別になる
- 股関節内旋、外旋中間位で股関節を外転させASISを触診し、動きが出たら留める
- 代償運動である骨盤の回旋、股関節の屈曲を防ぐ
- 標準では股関節は伸展0°位で40~45°外転する
- もし、股関節外転が膝関節屈曲位で大きくなればハムストリングス・薄筋が短縮、変わらなければ恥骨筋・大内転筋・長内転筋・短内転筋が短縮している
6.ハムストリングス
患者の肢位
- 背臥位で、非検査側の膝関節を屈曲させて腸腰筋を緩める
方法
- 患者の足部をセラピストの肘窩で保持し、前腕で下腿を把持する
- そして、股関節を屈曲させてASISを触診し、骨盤の動きをみる
- 膝関節が屈曲するか、または骨盤の動きが起こるところで止める
- 非検査側の膝関節屈曲位の場合、標準では下肢伸展挙上 (SLR) の可動域は90°、伸展位の場合、80°である
7.梨状筋
患者の肢位
- 背臥位にする
方法
- 2種類の方法がある
- 1つは股関節屈曲60°以下でテストを行う
- まず、大腿長軸方向に圧迫を加え、次に股関節内転・内旋を加え抵抗感をみる
- もう1つの方法は、股関節屈曲90°でテストを行う
- まず、大腿長軸方向に圧迫を加え、次に股関節内転・外旋を加え抵抗感をみる
8.下腿三頭筋
患者の肢位
- 背臥位で足部をベッドの端から出す
方法
- セラピストは一方の手で踵を保持、もう一方の手で前足部の外側で足関節背屈方向に力を加え、エンドフィールをみる
- 正常な長さは内反・外反中間位で足関節背屈0°である
- 子の肢位から膝関節をくっきょくさせて足関節背屈角度が増える場合、腓腹筋の短縮が疑われる
9.胸腰椎伸筋群
患者の肢位
- 座位にする
方法
- 2種類の方法がある
- 1つはセラピストが患者の骨盤を固定し、患者に体幹を屈曲してもらい、額と膝の間の距離を測る
- 標準では額と膝の間が30㎝以下である
- もう1つの方法は、PSISレベルと10㎝情報をマークしたうえで、患者に体幹屈曲してもらい、PSISとマークした部位との距離を測る(ショーバーテスト変法)
- 標準では距離が6㎝以上増加する
- しかし、この方法は椎間関節の可動性の問題も含まれるので、正確とは言えない
10.腰方形筋
患者の肢位
- 座位または立位にする
方法
- セラピストはは患者の骨盤を保持し、骨盤の偏位を防ぐ
- 患者は検査側と反対方向に体幹を側屈する
- セラピストは第12胸椎から第5腰椎までの弯曲を観察する
- 標準では、滑らかなカーブが腰部から胸部にかけてみられるはずだが、そうでない場合、反対側の腰方形筋の短縮が疑われる
- しかし、この方法は椎間関節の可動性の問題も含まれるので、正確とは言えない
『運動パターンテスト Jandaのテスト』を復習したい方はこちら
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参考文献
理学療法士列伝ーEBMの確立に向けて 荒木茂 マッスルインバランスの考え方による腰痛症の評価と治療 (三輪書店 2012年9月10日)
運動パターンテスト (Janda のテスト) 片脚立ちテスト・スクワットテスト・股関節伸展テスト・股関節外転テスト・体幹屈曲テスト・静的背筋持久力テスト
運動パターンテスト (Janda のテスト)
- 過緊張筋は拮抗筋を抑制し、異常運動パターンの原因となる
- そして、異常運動パターンは特定の組織にストレスをかける原因となり、習慣化することにより機能障害や痛みを起こす
- 単関節筋には関節の軸を固定する役割があるのに対して、多関節筋はレバーアームが長く、強い力を出す役割がある
- 両方が協調的に働くことが望ましいが、一般的に多関節筋は過緊張に陥りやすく、短関節筋とのインバランスを生み出し、運動パターンを変えてしまう
- このマッスルインバランスによる異常運動パターンを評価し、機能障害の原因を特定することが治療プログラムを立てるうえで重要になる
『マッスルインバランスと姿勢』について復習したい方はこちら
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『4つの姿勢不良』について復習したい方はこちら
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1.片脚立ちテスト
評価する項目
- 協調性
- バランス能力
方法
- 立位で片脚を上げ、バランスを維持する
- 開眼、閉眼それぞれ30秒行う
所見
- トレンデレンブルグ、逆トレンデレンブルグ
- 体幹動揺
- 膝関節:内反、外反
- 足関節動揺
解釈
- トレンデレンブルグ徴候や骨盤の側方変位の有無を観察する
- 例えば、トレンデレンブルグ徴候が認められる場合、中殿筋の弱化ばかりでなく、大腿筋膜張筋の過緊張、腰方形筋の過緊張が認められることがある
- 膝関節の内反が認められる場合、股関節内転筋群・大腿筋膜張筋の過剰活動、中殿筋・大殿筋の弱化の可能性がある
- 逆に、膝関節の外反が認められる場合、大腿二頭筋・梨状筋の過剰活動、中殿筋・大殿筋の弱化の可能性が考えられる
- 足関節の回内が認められる場合、偏平足、外反母趾の可能性がある
- バランスをとるために股関節で動揺するか、足関節で動揺するかを観察する
2.スクワットテスト
評価する項目
- 動作時姿勢における体幹・下肢の協調性
方法
- 上肢を前方に水平挙上、両足は肩幅、大腿が水平になるまで屈曲する
所見
- 腰椎:後弯、ニュートラル、前傾過剰
- 骨盤:後傾、前傾過剰
- 膝関節:内反、ニュートラル、外反
- 足関節:背屈過剰、つま先立ち
解釈
- 股関節に比べて相対的に体幹が柔らかい場合は、腰椎前弯の減少が起こり、椎間板ヘルニアなどの原因になる
- 脊柱起立筋が 過緊張な場合は、腰椎前弯が過剰となり椎間関節の障害やすべり症、分離症の原因となる
- 膝関節の内反が伴う場合、股関節内転筋群の過剰活動、中殿筋の弱化の可能性が予測される
- 踵が浮いてしまう場合、下腿三頭筋の過緊張の可能性がある
3.股関節伸展テスト
評価する項目
- 主動作筋である大殿筋とハムストリングス、協働筋である脊柱起立筋、拮抗筋である腸腰筋と大腿直筋の機能を評価する
方法
- 腹臥位
- 股関節伸展の運動パターンを観察する
- 10~20°伸展してもらう
所見
- ハムストリングス⇒大殿筋⇒反対側起立筋⇒同側起立筋の順番に収縮しているか
- 脊柱前弯過剰になっていないか
- 膝関節は屈曲していないか
- 股関節伸展可動域は減少していないか
解釈
- 正常な運動パターンでは、最初にハムストリングス、次に大殿筋が活動し、その後、反対側の脊柱起立筋から同側の脊柱起立筋の順に活動する
- 例えば、脊柱起立筋が過緊張の場合、腰椎の前弯が生じ、ハムストリングスが過緊張の場合、膝関節屈曲が認められる
- 腸腰筋が過緊張であれば、伸展可動域の減少が認められる
- 腸腰筋の過緊張は相反抑制により、大殿筋の活動を抑制する
- このため、大殿筋は相対的に弱化を示すことが多い
- このマッスルインバランスにより股関節伸展が腰椎前弯で代償されると、腰椎に過剰なストレスがかかる
4.股関節外転テスト
評価する項目
- 主動作筋である中殿筋、協働筋である大腿筋膜張筋・腰方形筋・梨状筋、拮抗筋である股関節内転筋群の機能を評価する
方法
- 側臥位
- 股関節外転の運動パターンを観察する
- 股関節は屈曲・伸展0°
- 45°外転してもらう
所見
- 中殿筋⇒大腿筋膜張筋⇒腰方形筋の順に収縮しているか
- 脊柱後弯していないか
- 股関節屈曲、外旋していないか
- 外転可動域が減少していないか (<40°)
解釈
- 正常な運動パターンでは最初に中殿筋が活動し、その後、大腿筋膜張筋、腰方形筋が活動する
- その間、股関節屈曲-伸展は0°に保たれる
- 例えば、大腿筋膜張筋が過緊張な場合、股関節が屈曲し、腰方形筋が過緊張な場合、体幹が側屈し、梨状筋が過緊張の場合、股関節の外旋が認められる
- 股関節内転筋群が過緊張の場合、可動域の減少が認められる
- いずれも中殿筋は抑制され、相対的に弱化を示すことが多い
- 股関節外転運動が腰椎側屈や回旋で代償されると腰椎に過剰なストレスがかかる
5.体幹屈曲テスト
評価する項目
- 主動作筋である腹直筋、協働筋・安定筋である腸腰筋、拮抗筋である脊柱起立筋の機能を評価する
方法
- 背臥位
- 下肢屈曲位
- 肩甲帯が床から離れるように上体を起こす
所見
- 足底が床から離れていないか
- 脊柱の後弯が十分に出ているか
- 下顎が突出していないか
解釈
- 腸腰筋の過緊張がある場合、足部が床から離れ、脊柱起立筋の過緊張がある場合、脊柱の弯曲が少なくなる
- 後頭下筋群が過緊張であれば、下顎が突出する
6.静的背筋持久力テスト
評価する項目
- 多裂筋、脊柱起立筋、殿筋群、ハムストリングスの静的筋持久力を評価する
方法
- 治療台から状態を出した肢位
- 脊柱の伸展を維持し、その時間を測定する
所見
- 痛みはないか
- 震えなどで途中で中止にならないか
- 最大4分まで可能か
参考文献
理学療法士列伝ーEBMの確立に向けて 荒木茂 マッスルインバランスの考え方による腰痛症の評価と治療 (三輪書店 2012年9月10日)
姿勢の異常 4つの不良姿勢と軟部組織移行部のストレス 前弯型・後弯-前弯型・偏平型・スウェイバック・後頭下関節部・頚椎胸椎移行部・胸椎腰椎移行部・腰椎仙骨移行部
姿勢の異常と機能障害
- 姿勢は遺伝的要素に加えて、環境、生活習慣、仕事スポーツなど後天的な要因によっても形成される
- 立位姿勢は重力に対して、筋・筋膜・靭帯などの軟部組織の張力によって保たれており、マッスルインバランスはその人の姿勢によって表現される
- 姿勢アライメントは機能障害と密接に関連しており、姿勢のタイプにより物理的ストレスがどこに加わりやすいかが予測できる
- 姿勢アライメントを評価することで非常に多くの情報を得ることができる
標準的姿勢アライメント
良い立位姿勢とは
よくいわれる良い姿勢とは、背筋を伸ばして、顎を引いて…などの表現がよく使われると思います。
では、具体的には何がどうなっているのが良い姿勢なのでしょうか。
前額面の正常な立位姿勢
前額面(人の体を前からみること)における正常な立位姿勢における重心線
- 後頭隆起ー椎骨棘突起ー殿烈ー両膝関節内側の中心ー両内果間の中心を通る
矢状面の正常な立位姿勢
矢状面(人の体を横からみること)における正常な立位姿勢における重心線
- 耳垂ー肩峰ー大転子ー膝蓋骨後面ー外果2~3㎝前方を通る
矢状面の各部のアライメント
- 頸椎前弯は約30~35°
- 胸椎後湾は約40°
- 腰椎前弯は約45°
- 仙骨底は第5腰椎に対して約40°前下方に傾斜
- 肩甲骨は前額面から前方に約35°傾斜
https://www.jstage.jst.go.jp/article/spinalsurg/27/2/27_119/_pdf
標準的姿勢アライメントについて復習したい方はこちら
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脊柱彎曲による姿勢の分類
前弯型
①アライメント
- 骨盤前傾と腰椎前弯の増強
- 膝関節の過伸展
- 足関節の軽度底屈
②過緊張筋
- 胸腰部脊柱起立筋
- 股関節屈筋群
- 梨状筋
③弱化筋
- 腹筋群
- 腰仙部脊柱起立筋
- 大殿筋
- ハムストリングス (※長くなるか、姿勢の代償として短縮する)
後弯・前弯型
①アライメント
- 頭部前方姿勢
- 肩甲骨の外転
- 胸椎の後弯
- 腰椎前弯の増加
- 骨盤の前傾
- 股関節の屈曲
- 膝関節の過伸展
②過緊張筋
- 後頭下筋群
- 斜角筋
- 肩甲挙筋
- 股関節屈筋群
- 前鋸筋
- 大胸筋
- 小胸筋
- 僧帽筋上部線維
③弱化筋
- 頚部深部屈筋群
- 胸腰椎部脊柱起立筋
- 外腹斜筋
- 僧帽筋中部・下部線維
偏平型
①アライメント
- 頭部前方姿勢
- 胸椎上部の後弯
- 胸椎下部は平坦
- 骨盤の後傾と腰椎前弯の減少
- 股関節・膝関節の過伸展傾向
- 足関節の軽度底屈
②過緊張筋
- ハムストリングス
- 腹筋群
③弱化筋
- 脊柱起立筋
- 腸骨筋
スウェイバック
①アライメント
- 胸椎の後弯
- 腰椎の平坦
- 股関節は重心線の前方
- 骨盤はニュートラルか、もしくは後傾
- 股関節・膝関節の過伸展
②過緊張筋
- ハムストリングス
- 内腹斜筋
- 大腿筋膜張筋と腸脛靭帯の短縮
③弱化筋
- 頚部深部屈筋群
- 外腹斜筋
- 脊柱起立筋
- 大殿筋
- 大腿四頭筋の広筋群
軟部組織移行部に対するストレスと機能障害
- 軟部組織移行部は解剖学的に構造が移り変わっていく部分で重心線はここを通る
- ストレスの変化を受けやすいところであり機能障害を起こしやすい部分でもある
- 評価、治療を進めるうえで重要な部分である
1.後頭下関節部
- この部分は硬い硬膜から良く動く頚椎への移行部であり、椎間関節の方向も中部頚椎とは異なっている
- また、後頭下関節・環軸関節があるためストレスを受けやすい
- 習慣的には頭部の重心は前方に位置することが多く、後頭下筋群に対するストレスが増加する
- この筋群の過緊張は、大後頭下神経および小後頭下神経の血行障害を招き、頭痛の原因になる
2.頚椎・胸椎移行部
- この部分は、第1胸椎の上関節突起はより頚椎方向に、下関節突起はより胸椎方向に向いている
- 頚椎は胸椎に比べて動きが多いため、この部分には重心線の移動が起こる
- したがって、僧帽筋上部線維、肩甲挙筋、斜角筋などは過緊張を起こしやすく、第1肋骨を挙上させる
- これは胸郭出口症候群、斜角筋症候群、肩関節機能障害の原因になる
3.胸椎・腰椎移行部
- この部分は、椎間関節の方向が前額面から矢状面へと変わっていく
- 棘突起も胸椎から腰椎へと角度が変わっていく
- 脊柱のカーブは後弯から前腕に移り変わる
- また、動きの少ない胸椎と動きのある腰椎の移行部はストレスがかかりやすく、圧迫骨折の好発部位でもある
4.腰椎・仙骨移行部
- この部分は、動きのある腰椎から硬い骨盤への移行部である
- 椎間関節の方向は、再び矢状面から前額面へと移り変わっていく
- 第5腰椎から第1仙椎間の椎間板はもっとも楔状で前方へと引かれる力を受ける
- また、第5腰椎~第1仙椎間の神経孔はもっとも小さく、椎間関節の症状が出やすい
- このため、椎間板ヘルニア、すべり症の好発部位でもある
頭部前方姿勢と機能障害
問題点
- 後頭下筋群に短縮や過緊張を生じさせ、大後頭下神経・小後頭下神経の絞扼を引き起こす
- それにより、頭痛の原因になる可能性がある
- また、深部頚屈筋群は相反抑制により弱化する傾向にある
- 後頭下関節は伸展位で固定されるため、屈曲が困難になる
- それにより、下部頚椎は屈曲する
- 中部頚椎は可動域過剰を起こしやすい
- 下部頚椎は椎間関節を圧迫するため、可動域制限を起こしやすい
- 顎関節は開く傾向にあるため、口呼吸のパターンになる
- そのため、咬筋・側頭筋の緊張を生み出し、歯ぎしりや顎関節症の原因になる
- また、嚥下を妨げることもある
- 胸椎は後弯、肩甲骨は外転、前胸部は短縮傾向になるため、横隔膜呼吸を阻害し、呼吸補助筋が促通される
- 第1肋骨は挙上するため、胸郭出口症候群の原因になる
- 肩甲骨は大胸筋、小胸筋が過緊張となるため、外転傾向になる
過緊張筋
- 後頭下筋群
- 側頭筋
- 咬筋
- 斜角筋
- 胸鎖乳突筋
- 肩甲挙筋
- 僧帽筋上部線維
- 大胸筋
- 小胸筋
弱化筋
- 頚部深部屈筋群
- 僧帽筋中部、下部線維
- 横隔膜
胸椎中部機能不全と機能障害
問題点
- 第4~8胸椎の機能障害であり、デスクワークなど長時間の座位保持により胸椎の後弯が起こる
- いったんアライメントが崩れると歯車が回るように徐々に重力により進行する
- 胸椎の後弯は頭部の位置を前方に移動させるため、頭部前方姿勢を引き起こす
- 胸椎の後弯は肩関節の屈曲・外転・外旋を制限するため、肩関節のインピンジメントの原因になる
- 腰椎の前弯は減少し、そのため腰椎に屈曲ストレスが生じることで椎間板障害などが起こり疼痛の原因となる
- 胸郭が腹部を圧迫するため、横隔膜呼吸を抑制する
過緊張筋
- 後頭下筋群
- 側頭筋
- 咬筋
- 斜角筋
- 胸鎖乳突筋
- 肩甲挙筋
- 僧帽筋上部線維
- 大胸筋
- 小胸筋
弱化筋
- 僧帽筋中部、下部線維
- 菱形筋
- 腰仙部脊柱起立筋
- 横隔膜
- 腸腰筋
骨盤交差症候群と機能障害
問題点
- 腸腰筋と脊柱起立筋の過緊張により、腰椎の前弯を増強し骨盤の過剰な前傾を引き起こす
- 相反抑制の結果により、腹筋群および大殿筋は弱化する
- 腰椎に伸展ストレスがかかるため、椎間関節症、脊椎分離症、すべり症の原因となる
過緊張筋
- 胸腰部脊柱起立筋
- 腸腰筋
- 梨状筋
- ハムストリングス
弱化筋
- 腹筋群
- 腰仙部脊柱起立筋
- 殿筋群
逆骨盤交差症候群と機能障害
問題点
- 腸腰筋および腰仙部脊柱起立筋の弱化により、腰椎の前弯減少と骨盤の後傾を引き起こす
- 骨盤が後傾することにより腹筋群下部は緩み、腹筋群上部は過緊張となる
- また、腰仙部脊柱起立筋は引き伸ばされ弱化し胸腰部脊柱起立筋は過緊張となる
- 腰椎に屈曲ストレスがかかるため、椎間板障害の原因となる
過緊張筋
- 胸腰部脊柱起立筋
- 腹筋群上部
- 梨状筋
- ハムストリングス
- 大腿筋膜張筋
弱化筋
- 腹筋群下部
- 腸腰筋
- 腰仙部脊柱起立筋
- 大殿筋
参考文献
理学療法士列伝ーEBMの確立に向けて 荒木茂 マッスルインバランスの考え方による腰痛症の評価と治療 (三輪書店 2012年9月10日)
マッスルインバランスと姿勢の関係 マッスルインバランスの原因・姿勢筋と相動筋・主動作筋と拮抗筋の関係・マッスルインバランスの改善
マッスルインバランスの考え方による理学療法
マッスルインバランスの原因
- 腰痛症に限らず筋骨格系の障害は、感染や外傷など原因の明らかなものを除けば、個人の姿勢や生活習慣、職業、スポーツなどといった毎日繰り返される物理的ストレスが特性の筋、筋膜、関節などの組織に炎症や損傷を起こすことが原因となる
- また、特定の筋の過剰使用は、筋の過緊張を引き起こし、短縮傾向にさせる
- 一方、過緊張筋の拮抗筋は相反抑制の影響を受け、弱化の傾向に陥る
- このマッスルインバランスにより姿勢アライメントの異常や運動パターンに変化が生じ、これにより起こる異常な代償運動パターンが機能障害の原因となる
姿勢筋と相動筋
- Janda らは、筋の損傷や物理的ストレスに対する筋の反応により、筋のタイプを姿勢筋(postural type)と相動筋(phasic type)に分類している
- 姿勢筋は短縮する傾向にあり、相動筋より筋力は強く、主に多関節筋である
- 例えば、脊柱起立筋、腰方形筋、梨状筋、大腿筋膜張筋、大腿直筋、ハムストリングス、内転筋群、腓腹筋などがある
- 相動筋は、筋力が姿勢筋に対して弱い傾向にあり、正常な状態より緩んだ状態になりやすく、主に単関節筋に多い
- 例えば、腹筋群、大殿筋、中殿筋、内側広筋、前脛骨筋、腓骨筋などがある
主動作筋と拮抗筋の関係
- これらのマッスルインバランスは主動作筋と拮抗筋の間で起こり、徒手理学療法により過緊張筋を伸張しても拮抗筋である弱化筋を活性化しないと、その効果が長続きしない
- スポーツ選手などでは種目の特性により、特定の筋が強化されるとアライメント異常を起こす
- 例えば、水泳選手は大胸筋が発達しているため、拮抗筋の菱形筋と僧帽筋中部線維が相対的に弱化し、外転肩となり、肩のインピンジメントを起こしやすい姿勢アライメントになる
- また、股関節の屈筋群に過緊張や短縮があると大殿筋の抑制が起こり、股関節伸展の運動を腰椎伸展で代償する異常運動パターンが習慣化する
- バレーボールやテニスなどでは、サーブやスパイクを繰り返すことにより、脊椎分離症を起こしやすい姿勢アライメントになる
- したがって、この異常運動パターンを修正し、代償運動を改善するためには運動療法が重要である
- 長期間習慣化された代償運動を修正するためには、数ヶ月必要になるかもしれない
頚部・上胸部の主動作筋・拮抗筋群関係
姿勢筋 相動筋
僧帽筋上部線維 ⇔ 広背筋
肩甲挙筋
大胸筋(上部線維) ⇔ 僧帽筋中部・下部線維
小胸筋 ⇔ 菱形筋
頚部脊柱起立筋 ⇔ 頚部前方筋群
腰部・骨盤帯の主動作筋・拮抗筋群関係
姿勢筋 相動筋
腸腰筋 ⇔ 大殿筋
大腿筋膜張筋
ハムストリングス ⇔ 大腿四頭筋
股関節内転筋群 ⇔ 中殿筋
下腿三頭筋 ⇔ 足背屈筋群脊柱起立筋 ⇔ 腹筋群
梨状筋
マッスルインバランス改善の考え方
- マッスルインバランスの考え方による腰痛症に対する理学療法の目的は、過緊張筋を抑制し、拮抗筋である弱化筋を活性化させ、異常運動パターンを修正することで腰部にかかるストレスを軽減させるものである
- 運動パターンの修正は
➡運動レベル (単関節運動)
➡動作レベル (スクワットなどの基本動作)
➡行為レベル (歩行など)
➡スポーツレベル と、段階的に取り入れていかなければならない
- 評価で得られた所見をもとに、過緊張筋の抑制や関節機能障害の改善には徒手理学療法、弱化筋活性化や運動パターン改善のためには運動療法を組み合わせて治療プログラムを考える
- 再発予防に対しては、自己管理法など教育的なアプローチが必要である
頚胸部の主動作筋・拮抗筋群の機能障害とその結果
僧帽筋上部線維、肩甲挙筋
作用
- 肩甲骨の挙上
- 肩甲骨内転の補助
- 脊柱の後屈、側屈
機能障害の反応
- 短縮
機能障害の結果
- 肩甲骨の挙上、内転
- 頚椎前弯の増加
- 抗重力伸展の制限
- 頚椎の側屈と回旋の制限
大胸筋上部線維
作用
- 肩関節屈曲
- 上腕骨水平内転
機能障害の反応
- 短縮
機能障害の結果
- 肩関節伸展の制限
- 上腕骨水平外転の制限
小胸筋
作用
- 肩甲骨の前方突出
- 呼吸補助筋
機能障害の反応
- 短縮
機能障害の結果
- 下角の外方回線を伴う肩甲骨外転
- 肩甲骨下縁の突出
- 胸椎後弯の増加
菱形筋、僧帽筋中部・下部線維
作用
- 肩甲骨内転
- 肩甲骨下角の胸壁への固定
機能障害の反応
- 弱化
機能障害の結果
- 下角の外方回線を伴う肩甲骨外転
- 肩甲骨下縁の突出
- 胸椎後弯の増加
脊柱起立筋群
作用
- 頚椎の伸展
機能障害の反応
- 短縮
機能障害の結果
- 頚椎前屈の制限
- 抗重力伸展の制限
- 頚椎を頚部前方姿勢に固定
頚部前方筋群
作用
- 頚椎の屈曲
機能障害の反応
- 弱化
機能障害の結果
- 頚椎前屈力の低下
- 抗重力伸展の制限
- 頭部前方姿勢の修正困難
腰部骨盤帯の主動作筋・拮抗筋群の機能障害とその結果
腸腰筋
作用
- 股関節屈曲
- 股関節外旋の補助と内転
- 腰椎の前弯
- 腸骨の前方回旋
機能障害の反応
- 短縮
機能障害の結果
- 股関節伸展の制限
- 前方の関節包の短縮
- 腰椎前弯の増加
- 腸骨の後方回旋の減少
大腿筋膜張筋
作用
- 股関節屈曲、内旋、外転
- 腸骨の前方回旋
- 膝関節屈曲の補助
機能障害の反応
- 短縮
機能障害の結果
- 股関節伸展、外旋、内転の制限
- 腸骨後方回旋の制限
- 腰椎前弯の増加の一助
大殿筋
作用
- 股関節伸展
- 腸骨の後方回旋
機能障害の反応
- 弱化
機能障害の結果
- 股関節伸展の制限
- 腸骨の後方回旋の減少
股関節内転筋群
作用
- 股関節内転
- 股関節屈曲の補助
- 腸骨の前方回旋
機能障害の反応
- 短縮
機能障害の結果
- 股関節外転の制限
- 腸骨の後方回旋の制限
中殿筋
作用
- 股関節外転 (前部線維-内旋・屈曲、後部線維-外旋・伸展)
機能障害の反応
- 弱化
機能障害の結果
- 股関節外転の制限
- 股関節外側の安定性の低下
梨状筋
作用
- 股関節外旋
- 股関節外転と伸展の補助
- 仙骨の屈曲または回旋
機能障害の反応
- 短縮
機能障害の結果
- 股関節内旋、屈曲、内転の制限
- 仙腸関節機能不全の一因
ハムストリングス
作用
- 膝関節屈曲
- 股関節伸展
- 腸骨の後方回旋
機能障害の反応
- 短縮
機能障害の結果
- 膝関節伸展の制限
- 股関節屈曲の制限
- SLRの制限
- 腸骨前方回旋の制限
- 腰椎前弯の減少
大腿四頭筋
作用
- 膝関節伸展
- 股関節の屈曲
- 腸骨の前方回旋
機能障害の反応
- 弱化 (内側広筋)
- 短縮 (大腿直筋とその他の広筋)
機能障害の結果
- 膝関節屈曲の制限
- 股関節伸展の制限
- 腸骨の前方回旋
脊柱起立筋
作用
- 脊柱の伸展
機能障害の反応
- 短縮
機能障害の結果
- 腰椎前弯の増加
- 骨盤の前傾
腹筋群
作用
- 脊柱の屈曲
機能障害の反応
- 弱化
機能障害の結果
- 骨盤前傾の傾向
参考文献
理学療法士列伝ーEBMの確立に向けて 荒木茂 マッスルインバランスの考え方による腰痛症の評価と治療 (三輪書店 2012年9月10日)
バッティング 地面反力・流し打ち・バットの動き・腕の動き・腰の回転
地面反力
踏ん張るのではなく足踏みする
- 「両足でしっかり踏ん張れ」はスポーツでよく聞く言葉で、そうなっていると安定感がある
- しかし、野球のバッティングでで打者が地面を押す力を測ってみると両足でしっかり踏ん張る局面はない
- 画像は実際のフリーバッティングで左右それぞれの足で地面を押す力を測ったものである
打撃時の三方向床反力
(画像引用:科学する野球 バッティング&ベースランニング)
- これは右打者の場合で、右足(軸足)による力は一点鎖線、左足(踏み出し足)による力は実線で描いている
- そもそも左右1つずつの押す力なのだが、わかりやすいように3つの方向に分けて描かれている
- 前は腹側に、後は背中側に押す、右は捕手側に、左は投手側に押す、そして下は真下に押す力である
- 左から右に時間が流れてステップの局面、フォワードスイングの局面、そしてインパクトが示されている
- 上に0.5秒間のものさしがある
- それによって、フォワードスイングの時間はおよそ0.2秒間とわかる
- また、右に20㎏wという力の大きさのものさしがある
- この長さで20㎏の重さに相当する力で押しているということである
- 20㎏wのものさしが一番短いのが真下に押す力である
- つまり一番大きいということなのだが、それは立っているだけでも体重分の力で地面を真下に押しているからである
- 例えば打者の体重が60㎏とすると、20㎏wのものさしの3倍のところに体重の横線があって、その線を基準に打者は下に押す力を加えたり抜いたりしているとみることになる
- 打者はステップに入る時、踏み出し足で下、投手側に地面を押してその足を持ち上げている
- 次のステップ局面では、踏み出し足は空中にあるので地面を押す力はどの方向にも出ていない
- 軸足だけで下、捕手側に地面を押している
- さらに、フォワードスイングが始まると、着地した踏み出し足で前へ、軸脚で後ろ押して、その後に踏み出し足で下、投手側へ押してインパクトを迎えている
- こうみてくると、確かに両足でしっかり踏ん張る局面ではない
- 下に押す力をみればわかるように、野球のバッティングでは右打者の場合、左、右、左と足踏みをするようにして打つのである
地面を押す力の反力で身体を加速する
- こうした地面を押す力の働きは何なのだろうか
- 地面を押すと、同じ大きさで反対向きの力を地面から受ける
- 作用反作用の法則である
- 地面反力(床反力)というのはこの反作用の力のことで、打者の場合、バットを持つ身体がこの反作用の力の向きに加速されるのである
- したがって、ステップ局面でみると、自分では軸足で捕手側に押しているが、その反作用で身体は投手側に加速される
- フォワードスイングに入ると、左右の足で前後反対向きに押すので、その反作用を受けて身体は、踏み出し足側は背中側、軸足側は腹側へと加速される、つまり、フォワードスイングする向きに身体は回転加速されることになる
- その後、踏み出し足で下、投手側へ踏ん張るので、ステップ局面で投手側に加速されてきた身体は減速されることになる
- この減速された身体の支えがあるからこそバットを投手方向へ走らせることができる
- フォワードスイング局面の前後方向の力をさらによくみると、踏み出し足で前に押すよりも軸足で後ろに押す力のほうが先に現れる
- 一方、軸足で後ろに押す力よりも踏み出し足で前に押す力のほうが大きい
- これはフォワードスイングを始める時に軸足の押しが使える状態であるし、バットは身体の前を通過するので踏み出し足で前、その後投手側へしっかり踏ん張っていることを示している
身体の移動を調整できる余力を軸足に残しておく
- ティーバッティングで地面反力を分析した調査によると、構えた位置からバックスイングで捕手側へさがる距離はレギュラー選手のほうが長く、構えた位置からインパクトまでに投手側へ出ていく距離は非レギュラー選手のほうが長かったという
- これは、レギュラー選手のほうがフォワードスイングを開始する時に軸足が使える状態にあったことを示唆している
- 直球とカーブを打った時に地面を押す力、そのうち左右方向(投捕方向)への力を眺めてみる
打者の左右方向力曲線
(画像引用:科学する野球 バッティング&ベースランニング)
- 直球を打った時が実線で、カーブが破線、踏み出し足を地面から離す時点で両方の力の線を一致させているのだが、ステップの後半になると直球とカーブとで押す力の様子が違っている
- 画像の数値の意味は「0」が両方ともインパクト、一致させた マイナス0.48 は直球でのステップ開始がインパクトの0.48秒前、マイナス0.56 はカーブでのステップ開始がインパクトでの0.56秒前という意味である
- その後、それぞれインパクトの0.24秒前と0.30秒前にステップを終え、0.16秒前にフォワードスイングを開始していた
- カーブのほうがボールスピードが遅い分、捕手側へ押す力が長く続いているのがわかる
- どこかの時点で打者はボールの速さの違い、軌道の違いに気づいてステップ後半には身体の移動を調節していることになる
軸足の内側でタイミングをとる
- 足裏のどの部分で押すのかが測れるセンサーをシューズの中に入れてバッティングしてもらった
- すると、ステップの局面では軸足裏の前側で押す力が大きくなり、それが同じ前側でも外側から内側へと移っていった
- そして、フォワードスイング局面になると軸足の母趾球で押す力が大きくなって、インパクトに向けてはそれが小さくなった
- 踏み出し足裏はというと、ステップ着地後、大きな押す力が母趾球から外側全体へと移っていった
- この様子から、軸足裏の内側で投手側への身体の移動を調節し強く打つために母趾球を働かせ、その勢いを踏み出し足裏の外側で受け止めていることがわかった
流し打ち
流し打ちでは肘を伸ばさず、手首を速めに効かせる
- 最初に調べられたのは、内外角のコースに対する打撃ではなく、引っ張り内と流し打ちの動作の違いだった
- どちらにするかをあらかじめ指示してピッチングマシーンからのボール、つまり同じようなコースのボールを打ってもらい、その動作の違いが調べられた
- 打者の動作を上から撮影して、右打者の左肩・左ひじ・左手首・左中指、そして「バットの先端の動きが比べられたのである
- その結果、流し打ちのほうが肘を伸ばす量が少なく、手首を早めに聞かせることでインパクトでの適切なバットの角度をつくっていたという
- そのおかげで、インパクトは捕手よりになり、スイング時間は短かったものの、バットスピード自体は引っ張り打ちと変わらなかったという
- 同じようなコースのボールであれば、スイング軌道やスイング時間が短くても流し打ちのバットスピードを引っ張り打ちと同じように早くできる、ということである
- 引っ張り打ちのほうが身体の回転を使えるし、ヘッドも効かせられるので、バットスピードを速くできると思いがちであるが、腕を動かす向きと手首を使うタイミングによって流し打ちでも同じようなバットスピードをつくれる、ということである
流し打ちでは肩や腰の回転が少ない
- 次に、ティーを置いて打たせると、どのような動作になるか調査した結果がある
- 外角流し打ちでは、スイング開始以降インパクトまでの時間が短かったという
- 打球スピードに内外角で大きな差はなかったという
- 動作については、外角流し打ちでは、踏み出した足が地面に着いて以降の肩の回転が小さく、スイング開始以降の腰の回転も小さかったという
- これは、肩や腰の回転を抑えて、身体の向きを流し打ちの向きにしたからである
- スイングでは、左肘をより大きく伸ばして、インパクトでは左脇の開き(左肩の外転)が小さかったという
- これは、外角のポイントが身体の前方向(腹方向)遠くにあるから、バットをそこへ運ぶために肘を大きく伸ばしたし、脇をしめておいたのである
- 一方、内角引っ張り打ちでは、踏み出した足先が地面に着いて以降の肩の回転が大きく、スイング中には踏み出した足首が伸びて、インパクトになると肩と腰の回転が大きく、踏み出した足首と膝の伸びも大きかったという
- これは、内角のインパクト位置へバットを出すために、肩を回してそして踏み出した足を延ばして身体を後ろに下げたためである
流し打ちでは押し腕の脇が絞られ、グリップが走る
- その次には、試合での外角のコースを流し打ちした動作、しかもヘッドスピードを速くするための動作が調べられた
- ヘッドスピードの速い打者の特徴は、時間経過とともに以下のように記されている
- 踏み出し脚の着地において、身体重心を左右の足にバランスよく乗せ、懐の深い姿勢をとっていた
- 右わきを閉めたままスイングを行っていた
- スイング中、バットが水平、後向きになった時、投手方向へのグリップ速度を大きくしていた
- インパクトに向けて、軸足の蹴り(足底屈)と肩の回転を大きくしていた
バットヘッドを下げて、バットの上にボールを当てる
- 最後に、流し打ちをするときのバットの動きを確認する
- どうして流し打ちが可能になるかを調査した報告がある
- インパクト時に水平面内のバット角度が流す方向に向いていることだけでなく、鉛直面内のバット角度(ヘッドの下がり具合)とボールが当たる位置によっても流す方向は影響を受けていたという
- ホームベース中心から18.9㎝外角のボールを大学生選手に流し打ってもらった
- そのうち飛距離が40m以上、右中間からファールライン付近の範囲に打球が放たれた場合のバットの動きが調べられた
- インパクト時の水平面内のバット角度、鉛直面内のバット角度(ヘッドの下がり具合)、バットの上下方向についてのボールが当たる位置を計測した
- すると、大半の流し打ちではインパクト時の水平面内のバット角度はマイナス、つまり流す方向に向いていたのだが、引っ張り方向に向いている場合もあったという
- 一方、鉛直面内のバット角度はすべてプラス、つまりグリップよりヘッドが下がった状態でインパクトしていた
- このうち、水平面内のバット角度が引っ張り方向に向いている場合は、この下がり具合が大きく、バットの上のほうにボールが当たっていたという
- 見方を変えると、バットのヘッドがやや大きく下がって、バットの上のほうにボールが当たれば、バットが引っ張り方向に向いていても流し打ち方向に打球はいくということである
- ただし、その場合の打球の強さについては明らかではない
- こうしてみてくると、流し打ちの場合、まず肩と腰の回転を流す向きへ調節して、それぞれの脇を締めて腕を流す方向に動かし、手首を早めに効かせて、バットを流す向きに走らせるということになる
バットの動き
バットの動きをつくってから振り始める
- スイング開始でのバットの動きを観察すると、2つのパターンに大別される
- 1つは、振り出しの際に肩の後ろで小さな回転をともなって出てくるパターン
- もう1つは、動き始めるとすぐにバットの重心が下へ動き出すパターンである
- 静止させたままのバットを振り出すことには無理があるため、何らかのきっかけを使ってバットの動きをつくってから振り始める
- 前者では、バットを加速する時間が長くなるのでバットのスピードは出しやすいが、いろいろな投球に対応するのは難しいかもしれない
- 後者のように余分な動きを少なくすればきっかけを得難いので振り始めるためには工夫がなされるだろうともいう
- あるキューバの打者では、振り始める前に一旦ホームベース方向に傾けられたと見られるバットヘッドが元に戻る過程でバットが振り出されていた
- いわゆる「バットのヘッドを入れる」という動きである
- この前後へのわずかなコック(ピクッという動き)もその工夫の1つの例という
- 指導ではバットの振り出しで刻苦するのは悪いとされているが、それは大きくコックすると身体やバットの動きがバラついてしまうためだし、その間に速球に差し込まれてしまうためである
- 動き出しのきっかけをつくるのであれば、わずかなコックは問題ないのだろう
曲面を描くようにバットは振り下ろす
- その後の動きを観察すると、局面を描くようにバットは振り下ろされてくる
- 「インパクトまで最短距離でバットを運べ」とよく指導されるが、最短距離で、つまり直線的にバットは動いていない
- 直線的にバットを動かすと、グリップを引き抜くようになってしまって、ヘッドは走らない
- 引き抜いてからヘッドを走らすために回すのでは時間もかかってしまう
- 指導で言われる「最短距離」とは、「できるだけ短い時間でバットを運べ」という意味である
- その最短時間を与えるバットの軌道は、サイクロイド曲線になる、という
- サイクロイド曲線とは、滑らずに直線上を回転する円の円周上の定点によって描かれる曲線である
- 振り出しの位置とインパクト位置を直線でつなぎ、その上を3次元的に回転する円周上の定点をバットの重心がたどれば良い、ということである
- 「螺旋が徐々にほぐれるように」とイメージしてもそう間違いではないだろう
- その結果は、画像でのバットの動きに似ている
日本人選手とキューバ人選手が各方向へ長打を打った際のインパクトまでのスイング起動 (画像引用:科学する野球 バッティング&ベースランニング)
- その振り出しは、ここでのキューバ選手のバットの動きに近いが、キューバ選手は振り出した後にヘッドが下がって遠回りしているように見える
- 一方、日本選手のバットの動きは、ヘッドこそ下がらないが、振り出して少し遠回りしているようにみえる
バットは少しアッパースイングにする
- こうした違いはあるにせよ、遠くに飛ばすためには、インパクト直前で投球されたボールとバットヘッドの軌道が横から見て平行になるようなスイング角度でインパクトすることが重要である
- 投球されたボールは、少し落ちてきているので、バットは少しアッパースイングにしろということである
- 打球に角度を出すためには、ボール中心の2.6㎝下を、上方へ10°のアッパースイングでインパクトすることが計算上では最も打球を遠くに飛ばすことができる
- こうしてみると、「ボールを上から叩け」という指導は、振り出しでバットヘッドが下がることを戒める言葉といえよう
ボールと打撃面が直角に当たるように押し手を使う
- 一方、水平面でみて、投球されたボールをバットでこすると打球はスライスして飛ばない
- 良い当たりだなと思っても外野で打球が失速するのは経験するところである
- こすれてスライスする原因には以下の3つが挙げられる
- 投球されたボールの動き
- スイングするバットの動き
- インパクトでのバットの動き
- 外角へ逃げるボールであればスライスするし、そもそも回転しているバットの動きはスライスを生む
- 円運動しているということは、バットはグリップの向きに加速しているからである
- そして、インパクトでバットヘッドがまだ捕手側に向いていればスライスする
- こうした原因を取り除くには、投球されたボールとバットの打撃面が直角に当たるように押し手(右打者の右手)を使ってスイングすることが必要である
- 指導では、「引っかけるな」とよく言われるが、引っかけるぐらいの意識でスイングしないと打球はスライスしてしまう
- プロ野球をみていると、ホームランを打った時にはバットのグリップよりもヘッドのほうが前に出ているように見えることがある
インパクト近くでバットを並進させる利点もある
- 日本人の大学選手、熟練者と未熟練者でバットの動きを比べてみた
スイング中の重心並進速度と回転速度
(画像引用:科学する野球 バッティング&ベースランニング)
- バットの動きは並進運動と回転運動に分けて示す
- 動きが分かりやすくなるし、動きの原因を特定しやすくなるからである
- 横軸は時間で左から右に流れていき、踏み出し脚着地時とインパクト時の上から見た打撃姿勢が描かれている
- 一方、縦軸は水平面内でみたばっとの並進速度と回転速度がとってある
- 熟練者と未熟練者でバットの回転速度に違いはなかったが、並進速度には違いがあった
- 未熟練者は踏み出し脚を着地した後、並進運動を徐々に高めていたが、熟練者は並進運動を急増させてインパクト時には未熟練者の速度を凌いでいた
- こうすれば正確に当てる確率は高くなる
- 押し腕がよく効いていたということである
腕の動き
両腕と体幹でできる三角形を保つ
- 足で地面を押した力の反作用(地面反力)を受けて腰や肩を回転させた勢いは、腕を介してバットに伝えられる
- ボールを打つ能力と引き腕を持ち上げる肩の力(屈曲力)との相関が高いことや、引き腕の上腕三頭筋を強化すればバットに大きな力を加えられる、という報告からすると、バットを振るために引き腕の果たす役割は大きい
- 「両腕と体幹でできる三角形を保て」と指導されて、保てない打者はゴムチューブなどを利用して保たせるドリルが行われる
- 三角形を保つ意味は何なのだろうか?
- 好打者と未熟な打者を上方から見た時の模式図を描いたところ、確かに未熟な打者は三角形がつぶれているように見えた
- 画像では腰の中点を1点に集めて、腰と引き腕の上腕をつないで、さらに前腕、バットとつないでいる
打者を上方から見た時の模式図
(画像引用:科学する野球 バッティング&ベースランニング)
- 未熟な打者のように三角形がつぶれてしまうと引き腕の力が使えずに腰が開いてしまい、腰の回転がバットの回転に伝わっていないようにみえる
- さらに、これでは内角球もうまく打てそうにない
引き腕を伸ばせば三角形はつぶれやすい
- メジャーリーグの打者の打撃動作を分析した報告によると、共通した5つの力学的な特性があるという
- スイング中に身体の重心は水平に移動する
- ボールをよく、長くみられるように投球ごとに頭の位置を調整する
- 引き腕はバットスピードを大きくするために伸ばす
- ステップの長さは投球によらず一定
- インパクト後、上半身は投球方向に向けて、体重を前足に乗せる
- このようにバットのヘッドスピードを大きくするためには引き腕を伸ばすこととあった
- 引き腕の肩あるいは体幹からバットのヘッドまでの距離、回転半径を長くしてヘッドスピードを速くしようという力学的な考え方である
- しかし、引き腕を伸ばせば三角形はつぶれて引き腕の力を使い難くなる
- また、バットがそのまま遠回りすればドアスイングになって内角球も打てなくなる
- メジャーリーグ打者のように腕力が強ければ再び三角形を作れるのだろうか?
- さらに、日本のプロ野球一流打者でもスイング開始前に引き腕の肘は真っ直ぐ伸ばされている
プロ野球一流打者に観察されるテイクバック時の引き腕の肘伸展動作
(画像引用:科学する野球 バッティング&ベースランニング)
- このように肘を伸ばしてスイングすると体幹を回転させ難くなるので地面反力を大きくできる効果が期待できて、結果として身体の回転の勢いに貢献する
- 引き腕の力を使わないのであれば良いかもしれないが、引き腕の果たす役割は大きいはずである
引き腕の力を使えるようにする
- 自分の背中にあるものを自分の前に腕で引っ張ってくる牽引力を測ると、肩の近くを通すように引っ張ったほうが大きな力が出る
- 肩から遠く離れれば、腕の力は使い難い
- バッティングで引き腕の肘を伸ばしてしまうと同じように腕の力は使い難くなると考えられる
- ティーバッティングにおける腕の動きを詳細に分析した報告によると、それほど大きな動きはないが、引き腕の肩では一度三角形がつぶれて(水平屈曲して)から再び三角形がつくられて(水平伸展して)いるという
- 引き腕の力が使われているということである
- そして、バットのヘッドスピードが速い打者は引き腕の肩の内転と水平伸展が大きかった
- すなわち「脇をしめる」ようにしていたという
- この動きは両腕による三角形をつくることに貢献するだろう
- 引き腕の肩や肘の角度を調整あるいは維持することによって、身体の近くにバットを留めて操作しやすくする、いう言い方もされている
インパクト近くで押し腕を急激に伸ばす
- 一方の押し腕の動きは、引き腕の動きよりも大きい
- フォワードスイングに入ると肘を伸ばしながら前腕を回外して(掌を上に向けて)、手首は小指側に曲げる(尺屈する)、という
- 柱に刺した水平な釘を金槌で打つ動きである
- 指導現場では「パワーの源は引き腕」といわれることがあるが、フォワードスイングの開始ではそうであったとしても、釘打ちの動きからしてインパクト近くになったら押し腕のパワーは重要となるはずである
- 押し腕の肘を伸ばしながらと書いたが、角度でみると45~90°からインパクトに向けて急激に伸びる
- それに対して、引き腕では90~135°という鈍角から緩やかに伸びていく
- この肘の伸ばし方、押し腕では急激に、引き腕では緩やかにというのが重要なポイントである
- このスピード差があるからバットを回転させる力(トルク)を生む出せるのである
- バットを引き抜いてくるというイメージが強いので引き腕を働かせてバットを引っ張ってきたくなるが、それではヘッドは走らない
- 極端に言うと、押し腕では投手側へ押し、引き腕では捕手側へ引くのでバットは回転してヘッドが走る
- ただし、タイミングが早ければ押すことになるが、普通は両腕とも肘じゃ完全に伸びきっていないところでインパクトを迎える
腰の回転
踏み出し足側を軸に腰を回転させる
- 足踏みをする中で投手側へ身体を移動させるし、フォワードスイングのために鉛直軸回りに身体を回転もさせる
- これらは主に脚の筋肉の働きである
- それを脚の動きでみると、軸足では横向きのまま投手側へ腰を押していき、脚を内向きに捩り込みながら(内旋しながら)伸ばして軸足側の腰を押す
- ステップして投手側へ身体を一息に押すのではなく、軸足に余力を残して押すのだった
- 余力を残しておかないと投球スピードの違いに対応できないからである
- 一方の踏み出し足では、ステップして着地した後、脚を外向きに開いて(外旋して)踏み出し足側の腰の回転をリードする
- 腰といっしょに外向きに開くのではなく、腰よりも先に開いてリードする
- それぞれの脚をこのように使うと、腰の中心を軸にではなく、投手側に身体が移動していくので踏み出し足側を軸に腰を回転させることになる
- ゴルフスイングでよく言われる「左半身で壁をつくる」という動きである
- そのほうが腰の回転半径を長くできて、ひいてはバットのヘッドスピードも速くできる
- この腰の回転がスイングスピードを速くするために最も重要な動きで、体幹の捩りを戻す回転がその次に重要という
- 続いて腰や肩の回転、体幹の捩りを眺めてみる
- バッティングの構えでは「腰を捩っておくように」と指導され、バックスイングの向きに腰を少し回しておく
- これは腰を回す範囲を広げてエネルギーを多く発揮しようとしているのである
- 一方で、「バックスイングでは肩をあまり大きく回さないように」と指摘される
- 投球を見難くなるし、大きく捩るとすぐに戻りやすくなるという理由からである
腰が先に回って、肩は後から追いかける
メジャーリーグの打者
- メジャーリーグ打者7名のティーバッティングでの動作を解析した報告がある
- 踏み出し脚を上げる時に腰は18°、肩は30°バックスイングの向きに回していた
- それがステップ着地時になると腰はフォワードスイングの向きに4°、肩はバックスイングの向きに29°になっていたという
- 画像では左から右に時間が流れて、●が腰、〇肩の水平内転の角度である
野球の打撃中の腰部と肩部の回転角度
(画像引用:科学する野球 バッティング&ベースランニング)
- 縦軸の0°は投手に対して打者の肩や腰が横向き、プラスはバックスイングの向き、マイナスはフォワードスイングの向きである
- アメリカの打者にありがちだが、ステップしている間、腰よりも肩をバックスイングの向きに大きく回しているのがわかる
- そして、腰から先にフォワードスイングの向きに回し始めて、肩はその後から回している
- 腰の角度と肩の角度の違いを「体幹の捩り」とするならば、このメジャーリーグの打者は腰をフォワードスイングの向きに回しつつ、肩をバックスイングの向きに回して体幹の捩りを大きくしていた
- 最大で30°程度になっていた
- その後は肩の回転のほうが速いので、インパクトになると角度差が小さくなっていた、つまり捩りが戻ってきていた
日本の打者
- 日本を代表する2人の左打者のフリーバッティングを撮影して、メジャーリーグの打者と同じように水平面内の腰、肩、バットの角度を求めてみた
野球のバッティング中の腰、肩、バットの角度変化
(画像引用:科学する野球 バッティング&ベースランニング)
- 180°を投捕方向(横向き)としているので、90°で投手と正対することになる
- バットが回転し始める前をみると、両打者ともにバックスイング向きに腰を20°、肩を40°回していた
- つまり、体幹を20°程度捩っていたことになる
- 両者ともに腰よりも肩を大きく回していたが、打者 Y.T. はメジャーリーグ打者のように肩をさらにバックスイングの向きに回していた
- そして、両者ともに腰から先にフォワードスイングの向きに回していたが、回すパターンは少し違っていた
- 打者 H.M. は腰を速く回して、インパクト前にはその回転を終えていた
- 肩も早い時期から加速させて腰とともに回していくパターンであった
- 一方、打者 Y.T. はインパクトまで一定の速度で腰を回していた
- 肩の角度を維持して捩りを一旦大きくし、その後、肩を加速させるパターンであった
- 両者ともにインパクト前に捩りが戻っていた点はメジャーリーグ打者の報告とは異なっていた
- つまり、肩の回転が腰の回転を追い越していたのである
体幹をすばやく捩ってすばやく戻す
肩を残して腰を回す
- ティーバッティングでこの体幹の捩りを詳しく検討した報告によると、捩りの大きさとバットのヘッドスピードとは関係なかったが、すばやく捩りをつくる打者ほどバットのヘッドスピードは大きかったという
- しかも、そういう打者はすばやく捩りを戻す傾向にもあったという
- 体幹の捩りは大きさだけでなく、すばやく捩ってすばやく戻すことがバットのヘッドスピードに貢献するという話である
- 体幹をすばやく捩るというとバックスイングの向きに腰を回して捩ると思いがちであるが、そうではない
- 肩を残して腰を先に回すから捩りができるのである
- この腰を先に回すのをすばやく、ということである
SSC
- 筋肉の使い方に伸展-短縮サイクル(SSC:Stretch-Shortening Cycle)という使い方がある
- 通常、筋肉は短くなって力を発揮するが、短くなる前に一度伸ばすという使い方である
- こうすると、短くなる時に大きな力を発揮できるし、エネルギーを節約できて運動を長続きさせることもできる
- ただし、こうした効果を得るためには条件がある
- それは、使う筋肉を一度伸ばす局面で活動させておくことと、伸ばしてから短くする切り替えをすばやくすることである
- 野球のバッティングで体幹をすばやく捩ってすばやく戻すのはこうしたSSCの効果を狙っているのである
- 現に、野球選手の外腹斜筋の厚さを測ってみると、体幹の捩りを戻す側、右打者でいえば左側の筋肉のほうが厚いという
- 筋肉が太くなるためには強い力を出さなくてはならず、使う筋肉を一度伸ばす局面で活動させておく(伸張性筋活動)ことを繰り返すとよく見られる効果である
身体を回転させるのではなく、バットを回転させる
- 体幹と腕の回転がバットのヘッドスピードにどう貢献するのかをみた報告によると、フォワードスイング前半では体幹の回転、後半では手首の回転がバットのヘッドスピードの大部分を生じさせているという
- 踏み出し脚を着地する時には肩の開きを抑えて、また、バットのヘッドスピードの増加もできるだけ抑えて、インパクトまで加速させるための距離を保つ
- そして、フォワードスイング前半、腰の回転に遅れないように胸部を回転させることで体幹としての回転に勢いをつけ、バットのヘッドスピードを急増させることが重要という
- こうして腰の回転と体幹の捩りを戻す回転によって身体全体としての回転の勢い(角運動量)は大きくなるが、インパクトまでその勢いを続けるわけではない
- フォワードスイング後半にはバットの回転の勢いに移していくことになる
- バットの回転に移せば、その反作用を受けて身体の回転の勢いは弱まる
- 野球のバッティングでは身体を回転させるのが目的ではなく、バットを回転させるのが目的である
参考文献
科学する野球 バッティング&ベースランニング (ベースボールマガジン 2016年12月25日 平野裕一)