ピッチング ステップ編 ステップの軌道・地面を押す力・エネルギーの流れ・ステップ長と向き・捻転動作・ボールを身体の前で放す・SSC
体幹を支える踏み出し脚
軸足の股と膝を曲げて地面を後ろに押す力をつくる
ステップの軌道からわかること
- 投球すれば地面に足跡が残る
- ステップの着地跡はステップの方向を知るのに用いられる
- 一方、プレートの前にできる軸足の跡は投球方向への体重移動と腰の回転の様子を知るのに利用される
- このうちの軸足の跡はスパイクの甲の部分で印されるが、それだけを見て投手の能力を診るという指導者もいる
- 例えば、軸足の跡の直進部分が長いから、十分に体重移動できているので良い、あるいは直進から曲がる角度が直角に近いことから、よく腰を回転させているので良いとか、逆に、その角度が大きいと回転が鈍いので悪い、跡全体が斜めになっていると移動と回転がじゅうふくしているので悪い、などといったように診るのである
野球のピッチングでの足跡
(画像引用:科学する野球 ピッチング&フィールディング)
地面を押す力
日本人大学生投手
- 投球時に足で地面を押す力(反作用が地面反力)を測ると、軸足では体重の約0.5倍の力で後ろに押す
- 踏み出し脚では体重の約1.5倍の力で前に押す
アメリカ人高校・大学生投手
- 軸足では体重の約0.35倍の力で後ろに押す
- 踏み出し脚では体重の約0.72倍の力で前に押す
- それでも軸足での力はそれほど大きくないことから軸足で地面を蹴るのではない
- 投球方向へ身体を移動させるのである
- 軸足では大きな筋力を発揮するけれども、脚を伸ばして身体を投球方向に大きな速度で押し出すというよりは、身体を支持してスムーズに下降させるような働きをしている
押し出す動きのタイプの違い
日本の投手
- Drop and Drive type
- 軸足の股と膝を曲げて身体を沈め(Drop)、その後伸ばして前に移動する(Drive)タイプが多い
アメリカの投手
- Tall and Fall type
- 身体を高く保ったまま(Tall)、前に倒れ込んでいく(Fall)タイプが多い
軸足の股関節を伸ばす、そして引き付ける
ステップの意味
- ステップをする意味はそこで生み出したエネルギーを体幹そして腕へ伝えて利用することにある
- 流れるようなフォームには技術の高さを感じ、無駄な力が入っていない、しなやかなフォームといえる
- こうしたしなやかさは、身体のある部分から隣の部分にエネルギーが適切に流れているおかげと解釈されている
エネルギーの流れ
- エネルギーとは、仕事をする能力のことであり、このエネルギーが適切に流れれば、受け取った部分では余分な仕事をしなくてもエネルギーが増えて相応に動くので、無駄な力が入っていないと感じることになる
- 投球動作では、踏み出し脚 ⇒ 体幹 ⇒ 上腕 ⇒ 前腕 ⇒ 手 ⇒ ボールという順でエネルギーがが大きくなる局面が現れる
- ただ、先述したように軸足で地面を蹴っているわけではないので、踏み出し脚のエネルギーはそれほど大きいわけではない
- 大きくなるのは、踏み出し脚を着地する局面での体幹の上部(上胴:肩と肋骨で囲まれた部分)からである
- そして、この大きくなることには、主に軸脚の股関節を伸ばす、そして引き付ける(内転する)筋肉によってなされた仕事が効いている
- そもそも、軸脚のもっていたエネルギーが流れるのではない
- この仕事によって増えたエネルギーが体幹の下部(下胴:肋骨より下の腰を含む部分)を介して上胴へ流れているのである
- そして、このエネルギーの流れが大きいほどボールスピードが速かったという
体幹および投球腕書く部分の力学的エネルギーの変動
(画像引用:科学する野球 ピッチング&フィールディング)
踏み出した脚の膝や足首は固める
踏み出し脚のエネルギーの流れ
- もうひとつ重要なのは、踏み出し脚でのエネルギーの流れである
- 腕を振る局面で、踏み出した脚で体幹をしっかり支えて、その股関節から下胴にエネルギーを流す
- このエネルギーの流れが大きいほど、やはりボールスピードが速かったという
- ボールスピードが速い投手と遅い投手の踏み出した脚の動きが比べられている
踏み込み脚接地からリリースまでの股関節併進速度および踏み込み脚股関節に作用する関節力 (画像引用:科学する野球 ピッチング&フィールディング)
- 図には股、膝、足首の関節が描かれていて、実践矢印は股関節に働く力を表し、点線矢印は股関節の速さと動く向きを表している
- これをみると、ボールスピードが速い投手は首・膝が固定されていて股関節が上に動いている
- 一方、遅い投手は膝が前に出ていて股関節が下がっている
踏み出し脚の使い方
- 踏み出し脚の膝や足首を固めることによってパフォーマンスが良くなることもある
- 関節を固めることもまたひとつの技術と考えられて、スプリント走などで研究が進められている
- スプリント走では、着地中に膝や足首の関節をバネのように使っていては時間をロスしてしまうし、腰をしっかり押せないということで、これらの関節を固めて使うように勧められている
- バネを使って走ったほうが速いと考えるのが普通だが、膝や足首については固めて使うというのである
軸脚が踏み出し脚の動きをつくる
ステップの長さと向き
- ステップの長さは伸張の約70~80%である
- 外国人の投手と比べると日本人のほうが広い傾向にある
- 軸脚で発揮する力が大きいから広くなるのである
- そして、ステップは長さだけでなく、向きももちろん重要である
- オープンステップでは体幹が早く正面を向いてしまうことになる
- これにはワインドアップで体幹が後ろに傾いてしまうことが影響していて、体幹の捻りが十分につくれずに投球スピードを速くできないだけでなく、肩や肘への負担になる
踏み出し脚の練習法
真下投げ
- 踏み出し脚をしっかりついて投げられるようになる練習法として『真下投げ』が紹介されている
- 真下投げとは、踏み出し脚のすぐ前にボールを叩きつける投げ方である
- 当初は肩が痛い選手のフォーム矯正法として使われた
- 普通に水平に投げるよりは、真下のほうが重力の影響を受け難いからである
- それをマウンド上でやると、マウンドの傾斜もあって踏み出し脚をよりしっかりつけるようになって、投球スピードにも貢献するようになる
四股踏み
- 投球動作において、軸脚は投球方向への体重移動、踏み込み脚はその支持である
- そして、両脚とも股関節で発揮される回転力やパワーが非常に大きいことから、股関節の筋力を高めることや、股関節の動きを改善することがその役割のために重要である
- 股関節周りの筋肉の働きは、まさしく投球動作のパワー源なのである
脚の踏み出し時の体幹の捩り
肩は開かず体幹の捩りを保ち、その後一気に腰を回す
前額面での動きの特徴
- 日本人の投手には軸足でDrop and Drive するタイプが多いと思われる
- そして、Drive による体幹の移動を踏み出し脚でしっかり支え、このような脚の働きによって多くの体幹の動きは生み出される
- 時速150㎞台のボールを投げる投手と130㎞台の投手の肩、腰、体幹の捩りを比べてみると、ハイレベルの投手であっても動きが違う
投手の捻転動作
(画像引用:科学する野球 ピッチング&フィールディング)
- 軸脚側を実線、踏み出し脚側を点線で描き、保守側から見た線画で比べる
- 150㎞台のボールを投げる投手は踏み出し脚の着地地点(SFC)では、まだ若干2塁方向に肩が回転している
- 肩を開かずに体幹の捩りが保たれている
- そして、その後一気に腰を回しているのがよくわかる
- ステップする足の位置を調整したり、投げる向きにグラブハンドを保っておいたりするように指導されるのは、この姿勢を保つためである
- 一方、130㎞台ボールを投げる投手はそうなっておらず、少し体幹が後ろに傾きながらオープンステップ気味で肩が開いている
- この後傾と開きは小学生の投手によくみられ、スピードを速くできないどころか、腕に頼ることになるので肩や肘への負担が大きい
水平面での動きの特徴
- 単純に水平面での腰と肩の回転をみると、先に腰が回転し始めて、肩がその腰を追い越す
投球時の腰と肩の回転
(画像引用:科学する野球 ピッチング&フィールディング)
- 横軸にはボールリリースまでの時間がとってあって、0でリリースである
- 縦軸には投げる方向に対する腰と肩の角度がとってあり、0度が横向き、90度で投げる向き、つまり打者と正対する
- 踏み出し脚の局面から描かれていて、その時にも肩も腰も横向きだが、腰よりも肩を少し後ろ向きに回している
- この投手の場合、30度までしか行かない程度である
肩が腰を追い越してボールを前で放す
ボールを身体の前で放す
- 近鉄バッファローズからメジャーリーグにへ行って活躍した野茂投手は打者に背を向けるほどに腰と肩を回していた
- もちろん脚で回していたがのだが、そこまで回すと捩りを戻すのが難しいし、戻すことと腕の振りとのタイミングを合わせるのも難しくなる
- 野茂投手はうまくできたので、体幹を回す勢いを投球スピードに活かせた
- しかし、本人が語っていたように難しい技術なので、特に子供には勧められない
- その後、踏み出し脚から腰を回していくので捩りは大きくなって、踏み出した後に最大に捩られる
- 踏み出し脚を着地しているので、腰の回転は遅くなって60度ぐらいの向きで頭打ちになる
- その腰を支えにして肩を急激にスピードアップ、腰を追い越して反対向きに捩られてボールリリースとなる
- 腰は打者に正対していないが、肩は生体の位置よりももっと回して120度ぐらいでリリースである
- 「ボールを前で放せ」と指導されるが、それは両肩を結ぶラインよりも手を前に出せということでなく、この角度を大きくして手を前に出せ、ということである
SSC (ストレッチ・ショートニング・サイクル)
- 捩りによって下胴(腰を含む)から上胴(肩を含む)へ回転させる力を加える準備ができる
- そして、捩りを戻すことでトルクが上胴に働いて、肩はスピードアップする
- これは、筋肉を一度伸ばしてから素早く短くすると大きな力を生むという伸張-短縮(SSC)運動を利用している
- 下胴を回すことで体幹にある筋肉を伸ばし、素早く短くして上胴を回す
- こうして、上胴は大きなエネルギーをもつことになるが、下胴や両脚がそもそも持っていたものではなく、いずれかの関節まわりの仕事によって生じたものであると考えられる
- 軸脚を伸ばす筋肉の下胴への仕事、踏み出し脚で踏ん張る筋肉の下胴への仕事、さらに上胴と下胴とをつなぐ筋肉の上胴への仕事である
コアスタビリティー・トレーニングで体幹の安定性向上を図る
投げ方による体幹回転の違い
- 捻った後、体幹は水平に回転するだけではない
- 前にも倒すので、併せて斜めになる
- 「柔道の背負い投げのように体幹を使え」と指導されることがあるのは、この斜めの意識を植え付けるためである
- 打撃動作の場合はボールがほぼ水平に来るので体幹もほぼ水平に回転させるが、投球動作の場合には自分主体なので、動きにもう少しバラエティが許される
- オーバースロー、サイドスロー、アンダースロー、どれでも脇の角度は90度くらいで違いがなく、体幹の傾きが違う
- 脇の角度は同じでも腕を振る向きは空間的に違うので、この違いに応じた体幹のSSC運動が求められることになる
コアスタビリティトレーニング
- 腰が痛いという野球選手は多く、年代とともにその割合は高くなる
- 踏み出し脚側の腰がつまって痛いとはよく聞く話である
- 投げるでも打つでも、ひとつの向きに軸脚で体幹を移動して踏み出し脚でそれを支ながら回す
- この勢いを受け止めることがひとつの原因であろう
- 逆向きに回すエクササイズを入れることは当然であるが、姿勢を維持する、動きを良くするエクササイズを練習にも組み込みたい
- 体幹の安定性を向上させるためのコアスタビリティートレーニングは、腰部障害の有無に関わらず、今やどのスポーツにも取り入れられている
- 背筋を伸ばして骨盤を前傾させるエクササイズ
- 体幹の深部にある筋肉を活動させて姿勢を安定させるエクササイズ
- 上胴のみを十分に回すエクササイズ
- 脚を使うことで骨盤を含めた体幹を両方向にスイングするエクササイズ
参考文献
科学する野球 ピッチング&フィールディング (ベースボールマガジン 2016年10月25日 平野裕一)