ピッチング ボールスピード 腕のしなりと胸の張り・遠投とボールスピード・アシスティッドトレーニング・投球数とスピードの関係・筋力とスピードの関係
遠投とスピード・トレーニング
速投と遠投の投げ方の違いは上胴の傾きにある
- 遠投は、全身、特に脚や腰を大きく使って投げるようになる効果、ゆったりとバランスよく投げられるようになる効果があるとして、投手の練習に取り入られている
- 昔から取り入れられているから練習するとうのではなく、その特徴を知って遠投を練習に取り入れるかどうかを決めたい
- 5m先のネットに向かって速いボールを投げる動作(速投)と、できるだけ遠くまで投げる遠投の動作とを比較した調査がある
- それによると、遠投では後ろに、そして投げる腕とは反対側に上胴(肩から肋骨下までの胴体)をより大きく傾け、そして体幹をより大きく捩る傾向にあったという
- 画像は、踏み出し足を着地した時と、ボールリリースした時の上胴の動きを模式的に示したものである
踏み出し足着地時とボールリリース時における速投と遠投の動作
(画像引用:科学する野球 ピッチング&フィールディング)
- 上段が前後の傾き、下段が左右の傾きになっている
- 左列の速投に比べると、右列の遠投での上胴は確かに後ろにそっくり返っているし、投げる腕とは反対側に傾いている
- ボールを遠くまで投げようとすれば斜め上向きに投げるので、上胴は後傾し、捩りを大きくするのは当然である
- ただし、踏み出し足の着地からボールリリース時まで上胴の動く範囲をみると、両者は変わらず、腰で上胴の傾きだけを変えているということになる
遠投で肩の外旋と水平伸展が大きくなることに注意する
腕のしなりと胸の張りをつくる
- 投手は、肩・肘の動きがどうなるのかは、やはり気になるところである
- 遠投の場合、踏み出し足を着地したときに肘がやや曲がっていたという
- この理由は定かではないが、上胴をそっくり返らせているので、つぎに力を込めるためにはボールを身体に近づけておきたいのかもしれない
- 踏み出し足着地に続く腕のしなし(肩の外旋)は、遠投でより大きかった
- そして、ボールリリースに向けて脇はやや閉められ、肩の外転は小さく、肩よりも腕が後ろになっていった(肩の水平伸展は大きくなっていった)という
- 投げる腕とは反対側に上胴をより大きく傾けるので、こうした違いが生じるのかもしれない
肘内側や肩前面の障害には注意
- こうしてみてくると、遠投では投げ上げるために上胴の傾きや捩りが違い、それが肩や肘の動きにも影響することがわかる
- 具体的には以下の2つがある
- 肩の外旋が大きくなること
- 肩の水平伸展が大きくなること
- こうなることのポジティブな面として、腕のしなりがつくれない投手、胸の張りができない投手の練習法として、遠投は有効な可能性がある
- しかし、ネガティブな面として、肩の外旋は肘内側の障害、水平伸展は肩前面の障害の危険性があるということになる
スピード・トレーニングにするための遠投がある
遠投とボール初速度
- 超最大スピードの発揮および獲得を目的としたトレーニングをスピード・トレーニングと呼ぶ
- 遠投がこのトレーニングになるかどうか調べた調査がある
- 結果によると、70~80m離れた遠投は、ボール初速度が最大になる可能性が高く、しかも水平に近くボールをリリースする動作とは異なるので、スピードの頭打ちを解消する方法としての意義は大きいという
- 動作の異なる点は先に記したように、上胴の傾きや捩りであり、それに伴う肩や肘の動きである
ボールスピードへの効果と動作への効果
- 20~80mまで少しづつ離れた相手に、『できるだけ早いボールを相手に投げなさい』とだけ指示した遠投と、それに加えて『リリース時のボールの角度をできるだけ小さくするように』と指示した遠投とを行わせて、投げ出されたボールのスピードと角度を測定した
- 画像には、両方の遠投でのボールスピードが記されている
- 横軸の距離は相手が立っていた場所であり、◇、〇、△はできるだけ早いボールとだけ指示した遠投、🔷は加えて角度をできるだけ小さくと指示した遠投でのスピードである
- 角度をできるだけ小さくと指示した場合には、40mくらいまでしか投げられないので、そこまでのマークしかない
2種類の遠投タイプによる球速の比較
(画像引用:科学する野球 ピッチング&フィールディング)
- その結果、遠投の時には20mよりは30m、40mで少しスピードアップするが、その先までスピードが速くなっていくことはなく、角度だけが上向きになった
- 一方、角度をできるだけ小さくと指示すると、同じ距離での遠投の時よりも全体的にスピードが速くなっていた
- そして、居地が伸びれば角度はやや上向きになるが、指示されていたので、その分角度は低く抑えられていた
- 実際に投げていることをイメージすると、低く投げろと指示されるとボールを相手に届かせようとしてよち力を込めることになるので、スピードが速くなるのだろう
- スピード・トレーニングとしてはこのほうが良いはずである
- しかも、動作は実際の投球動作に近いはずである
- したがって、30~40mでできるだけ水平に投げればスピードへの効果、70~80mと遠ければ動作への効果ということになる
重さの違うボールを併用したトレーニングで効果が表れる
- スピード・トレーニングとしてすぎに頭に浮かぶのは、ダッシュを引っ張ってもらったり、坂道を駆け下りたりするトレーニングである
- それまで経験したことのないスピードを経験することで神経系に働きかける
- これをアシスティッド・トレーニングという
- ウエイトトレーニングにように通常よりも大きな負荷をかけるレジスティッドトレーニングの逆である
- 野球の投球でのアシスティッド・トレーニングは、軽いボールを投げることに相当する
- スピード・トレーニングだけではなく、重さの違うボールを併用すると効果が表れるのである
- 6週間トレーニングをしたところ、以下の順でボールスピードへの効果が大きかった
1:( 重いボール + 普通のボール ) の後に ( 軽いボール + 普通のボール )
2:( 軽いボール + 普通のボール )
3:( 重いボール + 普通のボール )
投球数の増加と投球スピードの低下
全力で150球投げたら3日以上は休む
- メジャーリーグでは1人の投手の投球数を100球程度までとしている
- これは故障を防ぐためだが、投球数が増えてスピードが落ちてきて打たれるのを防ぐためでもある
- 疲れてくればスピードが落ちてくるのは当然だが、どのように落ちてくるのか?
- どうして落ちてくるのか?
- さらに、どうしたら落ちないようにできるのか?
- 大学野球選手に、1イニングでの球数を想定してアップ5球・全力15球を1セットとして、10セット投げてもらった
- 横軸にはそのセット数が、縦軸には1セット目のスピードを100%としての相対スピードがとってある
アップ5球 + 全力15球 × 10セット投げた時の球速の変化
(画像引用:科学する野球 ピッチング&フィールディング)
- セット間の休みは2分間とした
- すると、4セット目、60球を超えるとスピードが落ちてきた
- その低下が9セット目まで続き、10セット目は最終セットということで少しスピードが上がった
- 平均すると9セット目まででボールスピードは2~3%低下した
- 投球前と投球後の7日間、筋肉が微細な損傷を受けると、血液の中に出てくるクレアチンフォスキナーゼ(CPK)という物質もこの投球では測定した
- その結果、投球後にCPKは上昇して3日後にようやく投球前のレベルに戻った
- これは、全力で150球投げると筋肉は微細な損傷を受けて、それを示すCPKが治るまでに3日かかったということである
- ただし、完全修復ではないため、3日以上は休むべきということである
試合でも投球数が増えれば投球スピードは落ちる
- 試合で投球スピードの変化をスピードガンで測った
- 2001年のシーズン中に3試合以上先発したプロの投手7人について測った
- 100球投げると直球のスピードは0~5㎞/h 低下した
- 試合開始から全力で投げる投手もいれば、立ち上がりはコントロールを重視してスピード抑え目で行く投手もいるので、このように幅のある結果であった
- こうした状況を踏まえて、以下の3つの項目について、大学とプロの投手7人について分析した(※100球以上投げた試合について、50球までを前半、51~100球を後半とした)
- 直球のスピードのばらつきは、試合の前半と後半で同じか?
- 直球のスピードが落ちる割合は、試合の前半と後半で同じか?
- 直球のスピードが落ちる割合は、変化球のそれと同じか
- その結果は、以下の通りであった
- スピードのばらつきは試合の前半と後半で同じだった
- 1人の投手は試合の後半になるとスピードがより大きく落ちたが、残りの6人は試合の前半と後半で同じようにスピードが落ちた
- 直球と同じように変化球もスピードが落ちた
球速が落ちるのは乳酸が筋肉に溜まるからではない
- ボールを投げて、心拍数、腕の血流量、血中乳酸濃度を測って調べてみた
- 心拍数で投球に必要な血液の量がわかり、そのうち腕にどのくらいの血液が流れたかが血流量でわかる
- そして、筋肉からのエネルギーの要求が多くなると糖質を乳酸にまで分解してエネルギーをまかなう、血液に溜まってきたその分解産物が血中乳酸濃度である
- ウォームアップしてから投球を開始し、10球を1セットとして12セット、120球を30分間程度で投げた
- 横軸に投球セットと時間を示して、縦軸に心拍数、血液量、血中乳酸濃度を示したのが以下の画像である
ウォームアップ + 10球 × 12セット投げた時の生理指標の変化
(画像引用:科学する野球 ピッチング&フィールディング)
- 投げている最中に心拍数は150拍/分くらいになったが、投球数が増えるにつれて心拍数が増えていくことはなかった
- また、投げ始めると血流量は増えたが、これもそう増え続けはしなかった
- さらに、血中乳酸濃度にいたっては2ミリモル/ℓ 程度で留まり、溜まっていくというものではなかった
- これは糖質を乳酸にまで分解することに頼っているかもしれないが、溜まっていくほど主要に頼っていなかったということである
- つまり、投球はきつい運動であるが、続けても筋肉に送り込む血液が不足することもないし、乳酸が溜まって賛成に傾いて活動しにくくなるということでもない
球速の低下は全身持久力と関係しないが、筋力とは関係する
- 大学と高校の投手に、20球を1セットとして5セット100球投げてもらって、セット毎に上腕の血流を測った報告がある
- 40球後に血流量は安静時より56%増という最高値になり、その後低下して100球前後には安静時の14%増になったという
投球腕と非投球腕における平均血流量
(画像引用:科学する野球 ピッチング&フィールディング)
- ここでは投げるのと反対の腕も測っていて、こちらはウォームアップ直後に10%増で最高になり、その後低下して100球後には-30%、つまり安静時よりも少ない血流量になったという
- これらの結果から投球数が増えると上腕の血流量は低下するとまとめられている
- さらに、ボールスピードの低下と筋力、全身持久力との関係を調べた調査がある
- ボールスピードの低下は全身持久力とは関係なかったが、握力と背筋力でみた筋力とは関係があったという
- つまり、筋力が強い投手ほどボールスピードの低下が少なかったのである
- ただし、投球中に測った筋力の低下とボールスピードの低下とは関係なかったので、そもそもの筋力が強いと筋肉にかかる負担が相対的に小さく、筋肉の損傷が少なくて済むからだろうと考えられている
- ここでの結果は、投手が長い距離を走り込んで全身持久力を高めてもボールスピードの低下を防ぐことができる可能性は低い
- むしろ、筋力を強くするトレーニングを重視する方が良い、とまとめられている
投球数が増えると動作も変わる
- 高校生投手について、いわゆる100球肩を検証した調査がある
- 投球数が増加するにつれて、肩の内旋可動域は狭くなり、外旋可動域は広くなったという
- そして、肩の内旋と外旋の筋力はともに弱くなったという
- 肩の筋力に限らず、投球で使われる筋肉の力が弱くなるのは仕方ないところであるが、動作を一定に保つためには可動域は確保しておきたいところである
- 投球数が増えた時に、メジャーリーグの投手の動作がどうなるかを調べた調査がある
- 腕のしなり(肩の外旋)が減って、ボールリリース時の踏み出し膝が伸びてきたという
- どこに負担がかかるのかによって投手ごとに動作の変化は違うのだろうが、この結果は動作の変化をみるひとつのポイントにはなる
- なぜ投球スピードが落ちるのかをまとめると、ひとつには投球に使われる筋肉が微細な損傷を受けるからである
- そしてつぎには、腕に血液を十分に遅れなくなることが挙げられる
- それに伴って、栄養を十分に筋肉に補給できなくなる可能性が挙げられる
- 一方、神経系の働き、つまり動作を生み出す脳からの指令が不足したり、乱れたりするか、については今のところ不明である
投球スピードは落ちないようにはできない
- 投球スピードは落ちないようにはできない
- それを少しでも食い止めるためには、投球では繰り返し腕を振ることでうっ血するので、それを戻し、血液が腕に十分に送られるようにストレッチやマッサージなどをすることである
- 筋肉の損傷については、日頃からトレーニングを重ねて筋肉を強くしておくべきだが、限界があることは知っておくべきである
- それゆえ、修復期間を十分にとる、登板間隔を十分にとることが求められる
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『ピッチング 投球動作のタイプ編』の復習をしたい方はこちら
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参考文献
科学する野球 ピッチング&フィールディング (ベースボールマガジン 2016年10月25日 平野裕一)