膝前十字靭帯損傷 病態・理学療法(術前・術後)・損傷のメカニズム・再建術後の影響

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概要

  • 膝前十字靭帯は膝関節の安定性に重要な役割を果たしている

 

  • 完全断裂した場合は自然治癒が期待できないため、靭帯再建を含め、膝関節のさまざまな機能を回復させることが治療に求められる

 

  • 近年の理学療法プロトコルの発展により、より早期に受傷以前の競技レベルまで復帰することが可能となってきている

 

  • 未だ前十字靭帯損傷が重篤な外傷であることに変わりはない

 

  •  近年では、予防がしあ優先の治療法であると認識されるほど、予防への取り組みがクローズアップされている

 

 

前十字靭帯損傷時の病態

受傷直後の病態

  • 前十字靭帯損傷には大量の関節内出血を生じ、関節内に腫脹や熱感などの炎症症状が出現する

 

  • 激しい痛みを伴い、受傷直後からしばらくは関節運動を行えない場合が多い

 

  • 稀に疼痛が軽度で膝の不安定感や違和感のみを訴える場合もある

 

  • 時間の経過とともに関節内の腫脹が増大し、屈曲・伸展運動に制限を来す

 

 

機能的な病態

  • 前十字靭帯により制動される脛骨の前方偏位や内旋運動に不安定性が生じ、伸展30°以下の範囲では前外方の亜脱臼が生じる

 

  • 関節内の腫脹によって内側広筋は二次的に興奮性が抑制され、筋緊張が低下し、逆に下腿の筋群は興奮性が増す

 

  • 疼痛や不安定感に対し、拮抗筋同士を強固に固定して荷重する

 

  • スムーズな関節運動が生じず、ハムストリングスや大腿直筋などのに関節筋の過緊張や、殿筋群や大腿筋膜張筋などの過緊張に伴う腸脛靭帯のタイトネスが生じやすくなる

 

 

運動学的な病態

  • 関節内水腫や軟部組織の可動性低下、内側広筋や中間広筋の緊張低下などが影響し、膝蓋大腿関節の円滑なトラッキングが生じにくくなる

 

  • 伸展時に膝蓋骨が上方に十分動かない、もしくは外側広筋を中心に牽引され外方偏位が生じるといったトラッキングエラーが観察される

 

  • 屈曲時では、大腿直筋や外側広筋の過緊張や腸脛靭帯のタイトネスにより、膝蓋骨が下方に動かない、もしくは外方偏位を呈する場合がある

 

 

大腿脛骨関節

  • 前面の筋緊張低下と後面の筋緊張亢進は、伸展の制限因子となる

 

  • 膝蓋骨の下方運動の低下は屈曲運動の制限を来す

 

  • 膝蓋骨の外方偏位は屈曲域での脛骨の外旋位拘縮をもたらし、屈曲に伴う円滑な下腿内旋運動を阻害する

 

  • 屈曲時内旋、伸展時外旋という円滑なスクリューホームムーブメントがなされず、下腿外旋位拘縮や内旋可動域制限が生じる例が多い

 

 

歩容の病態

  • 特徴として、膝関節運動の減少がみられ、荷重応答から立脚中期の屈曲運動や、立脚中期から終期にかけての伸展運動が減少する

 

  • 膝関節の構造的不安定性や自覚的な不安感を代償し、大腿四頭筋とハムストリングスの共収縮が通常より増加する

 

  • 遊脚期には屈曲運動の減少がみられ、クリアランスを確保するために股関節や骨盤の運動で代償する分回し様の歩容となる

 

  • 立脚期にて拮抗筋の共収縮が強まるため、続く遊脚前期でも膝伸展の緊張が低下せず、スムーズな屈曲ができないという運動パターンの連鎖が生じていることが多い

 

 

前十字靭帯不全膝の病態

  • 前十字靭帯単独損傷であれば、保存療法でも、レクリエーションやジョギングが可能なある程度満足できるレベルまで復帰できる場合がある

 

  • 骨端線が閉じていない若年者には再建術を施すまで保存療法を選択することがある

 

  • 前十字靭帯の断裂により、膝関節には前方不安定性および全内方回旋不安定性が生じる

 

  • そのため、高所からあの着地や方向転換、スピードの変化により膝に急激な力が加わる場面での膝崩れが生じやすくなる

 

  • 長期的にみて、保存的超量の予後は不良である場合が多く、初期に半月板損傷の内前十字靭帯単独損傷であっても、競技活動によって半月板を損傷するリスクもある

 

  • 半月板に損傷があると、変形性膝関節症に移行するリスクが高まる

 

 

理学療法を展開する際のポイント

術前

  •  腫脹の狭小化

 

  • 健側と同等の大腿脛骨関節および膝蓋大腿関節の可動性獲得

 

  • 正常歩行の獲得

 

 

術後

  • 術直後の炎症と腫脹の早期消失

 

  • 膝関節可動性の再獲得

 

  • 正常歩行の獲得

 

  • 可動域制限と炎症所見が消失した状態から、グラフトの成熟を阻害しない範囲で段階的にトレーニングや動作獲得 

 

 

前十字靭帯再建術後の可動域制限

  • 伸展制限に関しては術直後より、屈曲制限に関しては術後4ヶ月を目安に、完全な可動域の獲得を目指す

 

  • 可動域制限は副運動の異常パターンの影響が強いと考え、大腿脛骨関節の過外旋や膝蓋骨トラッキングエラーを修正することを目指す

 

  • 内側筋群の活動低下や大腿二頭筋の過活動、腸脛靭帯のタイトネスにより、二次的に膝関節過外旋が増大し、屈曲制限や伸展制限を生じる

 

  • 膝関節外旋や伸展制限に対する理学療法として、内・外側ハムストリングス間、大腿二頭筋・腸脛靭帯間、外側広筋・腸脛靭帯間の過緊張や滑走不全に対して、徒手的アプローチが有効である

 

  • 脛骨内側の後方可動性低下は、膝関節の内旋制限や伸展制限の原因となる

 

  • 膝関節屈曲制限は、大腿直筋など伸筋群の過緊張が原因となるが、関節内水腫の貯留や移動の制限も影響するため、詳細な評価を要する

 

  • 膝関節内の水腫は膝関節伸展位においては膝蓋上包に貯留し、屈曲位においては膝蓋骨下前面や膝関節後面に移動する

 

  • しかし、膝蓋骨のアライメント異常や膝蓋上包の癒着などが存在すると、膝関節屈曲位においても膝蓋上包に水腫が存在する

 

  • この場合、パテラタップテストで関節内水腫が認められるのにも関わらず、indentation test が陰性となり、膝屈曲時に制限が生じ、膝前面での突っ張るような感じを訴える場合が多い

 

  • このような症例では、関節液の循環がスムーズに行われず、水腫の軽減にも支障を来すと考えられる

 

  • 膝蓋大腿関節のマルアライメントやトラッキングエラーを改善させ、水腫のスムーズな移動を促す音が必要である

 

 

膝関節周囲筋群の機能改善

  • 術後に著名な機能低下を示す内側広筋はもちろんであるが、臨床的には術後の膝蓋上包の水腫貯留や膝蓋骨の上方移動制限により、膝蓋上包の巻き上げ機能を有する中間広筋にも収縮不全が生じる

 

  • このような筋の再教育としては、筋収縮を確認しながら行うエクササイズが有効である

 

  • 表層に位置する内側広筋にはEMSにより筋収縮を誘導し、確認しながら大腿四頭筋セッティングを行う

 

  • 深層に位置し、体表から収縮を確認することが子kkなんな中間広筋に対しては、超音波診断装置などにより筋収縮を視覚的にフィードバックしながら再教育を行う

 

 

patella valgus rotation

  • 膝蓋骨内下方に位置する膝蓋脛骨靭帯や膝蓋下脂肪体の癒着が原因と推察される

 

  • anterior interval の癒着は膝伸展時の膝蓋骨低位を招き、大腿四頭筋の収縮を阻害する

 

  • 治療としては、膝蓋脛骨靭帯の可動性を高め、膝蓋骨内上方へのモビライゼーションや、徒手的に膝蓋骨を内上方へ誘導しながら大腿四頭筋セッティングを行い、膝蓋骨トラッキングの正常化を図る

 

 

前十字靭帯損傷のメカニズム

  • 近年、前十字靭帯損傷の予防に注目が集まっているが、その発生メカニズムは明らかとはなっていない

 

  • 現在は、膝関節運動と前十字靭帯負荷(張力や歪み)との関連を調べた研究や、前十字靭帯損傷の発生に関する疫学的研究により、前十字靭帯損傷の発生に影響が大きい因子については明らかになりつつある

 

  • 前十字靭帯損傷の発生メカニズムには以下の3つの因子が考えられる

 

  1. 前十字靭帯損傷の受傷リスクが高い膝関節運動が生じやすい人(個人因子)
  2. 競技特性や疲労により競技中に受傷リスクを高める因子が加わる場合(トレーニング因子や環境因子)
  3. 素早く速度が変化する動作、片脚動作、膝の軽度屈曲位など、前十字靭帯への力学的な負荷が高まる場面で、受傷リスクの高い膝の姿勢で動作を行う場合(競技スキルやパフォーマンスの因子)

 

 

力学的要因

  • 前十字靭帯は、脛骨の前方剪断力に加え内旋トルクや外反トルクに抗して緊張が高まり、前十字靭帯自然長からの伸び率を表す指標である歪みが大きくなる

 

  • さらに、屈曲角度が浅い肢位で膝関節に力やトルクが加わった場合、屈曲角度が深い肢位の場合より大きな歪みが生じやすい

 

  • 日常生活レベルの運動における前十字靭帯の歪みを以下に示す

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  • 動作の種類からみると、膝関節が伸展位に近い動作で前十字靭帯の歪みが大きく、40~50°を超えて屈曲角度が大きくなる動作では歪みは小さくなる

 

 

疫学的な調査から

  • 前十字靭帯損傷の発生型は、およそ70%が他者とのコンタクトを伴わない非接触型損傷によって生じ、急激な減速動作や方向転換、ジャンプ後の着地動作など、瞬間的に大きな力が加わる動作で発生する

 

  • 受傷時の特徴的な姿勢として、膝の軽度屈曲および外反姿勢、片脚での着地などが挙げられている

 

  • 前十字靭帯損傷者の多くは、受傷時だけでなく、通常の着地動作やスクワットなどの荷重動作中に膝k何背う外反角度が大きくなる傾向がみられ、外反トルクも大きな値を示す

 

  • 臨床的には、膝関節の外反運動には股関節の内旋・内転運動が関連する

 

  • 片脚の動作では、骨盤の回旋運動を伴う膝関節の内方移動や、前足部荷重時の急激な足部回内運動を伴う下腿の内方への傾斜などが膝関節外反に関連する

 

  • 動作中の外反トルク値は、疲労時、リアクションを伴う動作時、上肢の運動を伴う動作時に大きくなることがわかっている

 

 

前十字靭帯再建術後の影響

再建グラフトの組織学的治癒と力学的強度の経時的変化

  • 再建グラフトの用いられているのは、半腱様筋県や薄筋腱や骨付き膝蓋腱などの腱組織である

 

  • 腱組織は靭帯組織より総コラーゲン量は多いが、Ⅲ型コラーゲン線維やプロテオグリガン含有量は少ない

 

  • 本来の靭帯と組織特性が異なるグラフトは、再建術後に組織壊死に引き続き、術後3週間から血管の湿潤が開始され、線維芽細胞の増殖と成長因子の放散、Ⅲ型コラーゲン線維の賛成を導く

 

  • 術後6ヶ月以降からグラフトに占めるコラーゲン線維の比率が増加し、術後約1年で正常前十字靭帯に近い組織となる

 

  • この一連のプロセスは靭帯化と呼ばれるが、線維径短いなど、正常前十字靭帯とまったく同様の組織特性にはならないと考えられている

 

  • 再建グラフトは骨孔内で骨と強固に結合し、再建靭帯としての機能を果たす

 

  • 結合様式には2種類あり、線維軟骨からなる4層構造を有する direct type と、骨に線維に垂直に走るⅢ型コラーゲン線維によって結合する indirect type とがある

 

  • 正常前十字靭帯や膝蓋腱は direct type であり、薄筋腱は indirect type である

 

  • 骨孔内における治癒過程が異なり、半腱様筋では結合が強固になるのが12週程度なのに対し、膝蓋腱では6~12週であり、組織学的治癒の観点からは膝蓋腱が有利と考えられる

 

 

前十字靭帯再建術が膝関節の機能や運動に及ぼす影響

  • 前十字靭帯再建術後の膝関節機能の問題として以下の3点がある

 

  1. 侵襲による炎症症状
  2. 術総部の瘢痕化と周囲組織との癒着
  3. 関節可動域制限

 

 

炎症症状
  • 初期の炎症症状は侵襲による術創部や関節内の炎症が中心である

 

  • 術後2週間以上経過した膝の炎症症状が残存する場合は、膝関節機能に見合わず運動処方がカフカになっていることや、歩容に異常パターンを抱えたまま過度に移動動作を行っていることが背景にある

 

  • 術後の炎症症状は、運動処方が機能回復に即した適切な内容であるか否かを判断できる判断できる重要な指標である

 

  • 炎症症状が長引くと、関節鏡刺入部の線維化が生じ、anterior interval (膝蓋腱や膝蓋支帯、膝蓋下脂肪体、前方滑膜や滑液包)の癒着が起こりやすくなる

 

  • 加えて、内側広筋が底緊張となることで、膝蓋骨の最大挙上を十分に行えない状態となる

 

  • 前十字靭帯再建膝の膝蓋骨トラッキングは、正常膝や前十字靭帯不全膝と比較し、膝関節屈曲0~30°において外方傾斜、外方偏位、valgus rotation (膝蓋骨下極の外側への回旋)が増大する

 

  • anterior interval の癒着と筋機能の低下が慢性化することで、屈曲・伸展運動の可動域制限を生じる悪循環となり、膝前面痛の原因ともなる

 

 

術創部の瘢痕化と癒着
  •  膝蓋腱を用いた再建術後の合併症として、膝前面痛や伸展筋力の低下が挙げられる

 

  • 膝蓋腱再建では anterior interval への直接侵襲が大きく、癒着が比較的多くみられ膝前面痛が比較的起こりやすいが、kneeling の痛みを除けば長期的には差がなくなってくる

 

  • 薄筋を用いた術式においても、膝前面痛は一定数存在する病態であることから、原因が膝蓋腱採取のみではないことを意識しておく必要がある

 

  • 膝蓋腱再建術後の伸展筋力は、術後4~8ヶ月の段階では薄筋腱を用いた再建の場合より筋力低下が大きいが、術後1年でほぼ同程度にまで回復する

 

 

再建術後の歩容

  • 再建術後の歩容は、正常歩行と比較して、立脚中期から終期にかけて伸展角度が減少し、遊脚初期から遊脚中期にかけて屈曲角度が減少する

 

  • 股関節では、初期接地から立脚期にかけて屈曲角度が増加する

 

  • 臨床的には、立脚終期から遊脚前期にかけて、骨盤の同側回旋がみられる場合が多い

 

  • 術後早期では、内側広筋の荷重応答での活動が十分ではなく、大腿二頭筋は遊脚前期に過活動を起こす

 

  • 異常パターンでの歩容を繰り返す期間が長ければ、機能回復に時間がかかることが多い

 

 

参考文献

膝前十字靭帯損傷の機能解剖学的病態把握と理学療法 (理学療法 29巻2号 2012年2月 鈴川仁人)